本日は午前中だけお仕事。4人で500キロの機材を持ち上げてきました。
1人当たり125キロと考えると恐ろしい。
午後から全くのヒマ人だったので、コーヒーでもすすりながらの読書タイム。いつもの喫茶店に行きたかったのですが、長居すると財布がすり減るので、今日はプチ贅沢。
上記写真にあるように、ノートを持ち歩く癖がついてしまい、何でもかんでもメモってます。この習慣が学生時代にあったならば今頃はエリートだろうな(←無理)。
このノートに、本ブログで書こうと思っているネタも溜まっておりまして、現在50個は越えています。重労働です。
さて、その中から本日はこのネタで。
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地元にいるときゃ~『大将』と呼ばれたのぉ~♪
こっちじゃ~『むらじ』とぉ~名乗ぉったのぉ~♪
原曲:小林旭/昔の名前で出ています(昭和51年)
プレーパークに参加していても、なかなか子ども達の名前が覚えられなくて困ってます。彼らにすればスタッフは少数なワケですが、私から見れば子ども達はうじゃうじゃいるんですもの。入れ替わり立ち替わり相手してると、脳内は大渋滞です。
それでも、キャラの濃すぎる子や常連の子についてはだんだん覚えてきましたけどね。
そんな前節で始まりました今回のテーマは、『呼び名』でございます。
私の場合、アダ名があればアダ名で呼び、極力『~くん』『~ちゃん』とは呼ばないようにしています。といっても、意識しているのではなく自然にそうなっていました。
『~くん』『~ちゃん』って、子ども達と距離を感じてしまうんです。私の中でのイメージは学校の先生と児童の関係のようなもので。
遊びの場で、畏まる必要は無いのではなかろうか。
『むらじ先生~』と呼ばれりゃ、自然に『何だい、○○くん』と反応してしまいますが、『むらじー!』って呼ばれたら『どうした、○○』の方が自然なリアクション。
このことは、子ども達との『距離』を縮められる効果を持っているのだと信じています。互いを呼び合う時に、『立場』とか『役職』をかなぐり捨てて、対等な存在として認めあえるような気がするのです。
だって、お友達ですものね。ちょいと大きめですが、一緒に遊んでりゃ、お友達。
少しでも身近になれれば、私にとっても、より楽しく遊べます。
時には『馴れ馴れし過ぎるかな?』と反省することもあります。初めて会う子なんかは特に気を付けています。そんな時には少しずつ、『お友達』として認めてもらえる様に頑張るしかありませんよね。