文字通り、列島が激震した。

3月31日、内閣府が発表した「南海トラフの巨大地震による最大クラスの震度分布・津波高の推計結果」は実に衝撃的だった。

日本列島の南にある2つのプレートと衝突してできた4000mもの長くて深い海溝――南海トラフ。東南海南地震(1944年)、南海地震(1946年)といったM8クラスの巨大地震を100~200年周期で起こしている。そして、今後30年以内にもM8クラスの巨大地震が、南海地震は60%、東南海地震は70%の可能性で発生するとなっている。東日本大震災の被害が想定をはるかに超えていたことを教訓とし、古文書、地殻変動の痕跡、過去の津波の堆積物など、ありとあらゆる要素を考慮して、南海トラフ地震の被害を、国が再シミュレーションした。その結果、想定震源域の面積は2倍に、地震の規模を表すマグニチュードは実に3倍となるM9.1という、すさまじい数字が弾き出されたのである。

 震度6弱以上が想定される地域は20府県350市町村から24府県687市町村に増え、震度6強は9県120市町村から、大阪、三重など20府県395市町村に激増。高知、愛知、静岡など実に10県153市町村で震度7の巨大地震が想定されている。そして、最も衝撃を持って迎えられたのが津波高だろう。これまで最高17m(高知県高岡郡四万十町)とされた津波は34.4m(同幡多郡黒潮町)と倍増。実に6都県を20m超の津波が襲うと予測されたのだ。静岡県御前崎市には21mの巨大津波が押し寄せる。たちまち、18mの堤防を建設中の浜岡原子力発電所を危惧する声があがった。本誌4月6日号で「今後発表される南海・東南海地震の新しい予測値を見て、国民はかなり衝撃を受けると思います」と予告していた村井宗明・衆議院災害対策特別委員長(38)はこう解説した。

「政府は東日本大震災で発生した20m超の大津波について『想定外』と弁解しましたが、同じ言い訳はもう通用しません。次の大震災は最悪の事態を想定しておく必要があります。今回出された数字はあまりに津波高の数字が大きく、多くの人を驚かせましたが、そのくらい、今の日本は危険な状態にあります。震災以降、小さな地震があちこちで発生。列島全体のバランスが崩れています。これを専門用語で『応力状態の変化』と言いますが、大型地震が起こりやすい状態にあるのです。」さらに、村井委員長はこう加えた

「実は、今後、もっと衝撃が走るでしょう。今回は50m幅単位の予想でしたが、4月~5月中には10m幅単位で、ピンポイントの津波高の予想値を出す予定です。考えられる中で最悪のシナリオをより細かく予測し、詳細に公表します。そして、国民、自治体、国が、備えていく体制を作ります。」 たとえば名古屋市に住んでいて、最悪の事態が起きたとする。最大津波高は3.8mだから、港区、熱田区、南区を避け、千種区や名東区に逃げれば安全なことが分かる。居住地域の海抜と予測値を把握しておれば、津波から逃れられるのだ。だがしかし――今回の発表によれば、静岡や和歌山など、最短2分で津波が到達する市町村も存在する。

逃げる時間もない人々を救うのは堤防ということになるのだろうが、たとえば34mもの堤防など、そう簡単に建設できるわけがない。そもそも巨大堤防の効果には疑問符がつく。東日本大震災で、10mを越えるスーパー堤防がやすやすと破壊されたのは記憶に新しい。

この難問を解決するヒントは、東日本大震災にあった。

松島町の奇跡

 富山大学・総合情報基盤センターの奥村弘博士(計算流体力学)が説明する。「三陸沖の巨大津波で、海岸沿いのほとんどの市町村が壊滅的な被害を受けました。例外だったのが松島町です。同じ松島湾にある東松島市では1000人もの死者が出たのに松島町の死者はわずかに2人。住宅は1軒も壊れませんでした。松島町付近に浮かぶ小さな島々が津波を弱めたんじゃないか――そう考えたのが、研究を始めたキッカケです。津波が弱まるということは、逆流するような現象が起きているわけですよね。堤防のような構造物で受け止めるのではなく、受け流しながら反射させる、そんな「水のカーテン」を作れないものかと研究してきました。そして、三角形の堤防を作ることで、津波とは逆方向の水流を生み出し、波と波をぶつけて津波の威力を打ち消せることが実験を通して証明できたのです」

 菱形の角柱を並べることで、津波の破壊力を10分の1に低減できるという。「釜石港(岩手)の世界最大の堤防が3・11の津波で崩壊しました。堤防は、高潮ぐらいなら耐えられても、津波の圧力には抗いきれないのです。私が考案した『松島型堤防』を沖に設置すれば従来の堤防でも津波を防ぐことができる。防波堤のないところでは、例えば海岸線の防風林に設置することで、景観を維持しながら、かつ上陸しようとする津波の勢いを殺すことができる」(奥村博士) 巨大地震では、川を津波が遡上することによる河川の氾濫、浸水も予測されるが、これも河川の河口付近に「松島型堤防」を置くことで弱めることができるという。ただし、我が国の堤防の規格は法律で定められており、現状では「松島型堤防」の洋上での整備は不可能。こちらの法改正も待たれる。

 さっそく4月3日、奥村博士と村井委員長は「松島型堤防」について話し合いを持ったという。「東日本大震災で8mぐらいの堤防でも壊れました。だから、20mもの堤防を作っても、簡単に倒れたりするでしょう。そこで、松島型堤防などの新技術の研究に注目しています。まだ水槽での実験段階ですが、実用化に向けて研究を進めていきます」(村井委員長)

東日本大震災と今回の南海トラフ地震には奇妙な一致点がある。ともに「今後30年の発生確率」が「60%」とされていたのだ(政府資料より)。つまり、南海トラフ地震が明日起こったとしても、何の不思議もないのだ。6月には死者数など被害想定(直接被害)推計が公表されるが、見直し前に2万5000人と予測されていた死者数が大幅に増加するのは間違いない。しかし、国の対策はどうであろうか、法律や体制などは万全であろうか。再び村井委員長。

「東日本大震災では災害対策基本法の重大な欠陥で混乱しました。例えば、法60条に避難についての規定がありますが、他の都道府県など遠方への避難や長期間の避難についての規定がありません。他県への長期的避難を余儀なくされた方の費用を国が支出する手続きが複雑でした。また、人工透析が必要な方や、要介護のお年寄りが避難できるルールも作らねばなりません。今、大都市が被災した場合は避難した方の人数分、仮設住宅を整備することは不可能です。例えば、首都直下型地震の場合、埼玉県などの空いている民間賃貸住宅を借り上げるほうが手っ取り早いですよね。今回の南海トラフ地震の津波高データ等をもとに、より高い地域にある賃貸住宅の業者と事前の災害協定を結び、避難準備する必要があります。さらに、避難だけでなく緊急物資の調達・運搬についても、法の穴が見つかっています。今国会中に法改正ができるように調整中です。」今回の津波高発表で、国民は深刻な不安を持っている。国会が早急に災害対策基本法の改正等をして備えなければ、国民はすべての政党を見放すであろう。取材・文/小谷洋之(ジャーナリスト)