昔むかしの大昔 | 武蔵野の蒼空の下で…season2

昔むかしの大昔








俺は関西で一線級のコマーシャルフォトグラファーをしていて、ポスターやカタログ用の写真を撮っていた

そんな40年ほど前の昔話です………



大阪芸術大学の写真学科を卒業し、広告代理店の制作室で広告写真を撮り、フィルム現像し指定サイズにプリントをする日々は、新聞社系の広告代理店所属フォトグラファーの日常と言ってよく、多い時は35mm36枚撮を20本現像(深タンクを使用)して、セレクトしたネガから同じモノを10枚ずつ10カットプリントしたりする
そうなると竹べらなんて使っていられない
引き伸ばし機で1枚テストプリントして露光時間と現像時間を調整し、その後は10枚連続露光したものを伸ばし機の下に収納して、その10枚の露光済印画紙を、一度に手指を使って現像するという作業を10種類プリントしていくのですね………
すると指先に銀が蒸着して黒くなるのだよ
藍染め職人さんの指と同じですわな~
(指先の小さな傷から浸透して定着しちゃうのよ)

その会社を辞めて、広告イベントプロダクションでチーフカメラ兼アートディレクターとして働きだしてからも、しばらくは指先の黒ずみはなくならなかったものですよ

だからフィルムのプリントは鍛えられましたよ
その会社でも暗室作業はありましたけど、作業時間やプリント枚数は比較にならないほど少なかったです



以下のプリントはそんな20代の頃に作った写真

























モノクロフィルムプリントは、基本的にハイライトからシャドーまでの階調をシッカリと出す事が大切になってくる

その上で1枚目のように「イメージを加味」してプリントすれば中々良い雰囲気になると思っている

そしてモノクロフィルムプリントをしてきた事により、それはデジタルでのモノクロ表現に活かされてくると個人的には考えているのですね

以下はデジタルでjpeg撮影した後でスマホに転送し、アプリで加工レタッチしたものです












































写真はとどの詰まり「光で描かれた物」つまり光画と言ってよく、光のあり様を表現するものです

そしてそれはモノクロに限った事ではなく、カラーでも同じ事なのですね

写真表現をする者の一人として、俺はこの先も光を読んでそれを活かし定着する事を続けていくのだろう






それが俺の

NO  PHOTO  NO  LIFE

なのです