
良さそうな番組 (このブログは昨年12月16日に書いた物です)
残念ながら俺はBS契約していないので、視聴する事は出来ませんが、写真をやっている人には中々良い番組と思う


*** street ***
より
『 旗日の光景 』
俺はコマーシャルフォトグラファーは後進に譲って引退しましたけど、純粋に撮りたいモノ創りたい画を、制作創造する事が可能な環境になったとも考えられる
ですからそれを活かし、作品を増やして展示するという事を、前向きに検討してみようかと考えております
早い話が、伸び伸びになっていた写真展を開催する為に、精力的に作家活動を行い写真作品の制作をするという事です
そしてそれが俺の最後の個展になると思われる
更には写真集をZINEで作り販売したいとも思うのです
還暦となった今年
60年間走り続けてきて彼方此方と身体の不調が出てきたし、大きな事は早い内にしておきたいと考えたのですね
写真を初めて撮ったのは、小学2年の夏に従兄弟たちと蒸気機関車を撮影した時にはじまる
小5の夏休みに、大阪から四国に国鉄のワイド周遊券を使って「初めての鉄道ひとり旅」で放浪した時には、オリンパスのPEN-EE3というハーフサイズのフィルムカメラが相棒となり、それにネガカラーフィルムのASA100,36枚撮りを1本、計72枚撮れるようにして持っていった
この時のカメラは家のカメラで、俺が初めて自分のカメラを買ったのは、中1の夏に母の知人がやっているカメラ屋で、オリンパスのOM-2と35mm f2.8のセットだった
中学では陸上部だったが、小学校からの友だちが写真部で、暗室作業が面白いと聞き、彼と一緒に暗室で現像やプリントをして、その面白さにドップリと嵌まり込んでしまったのだよ
まぁ~ね、よく言われている「沼オチ」した状態で、陸上部でも全中の近畿大会まで行っていたが、真剣さでは写真部の方が上になってしまっていた………
その様な訳で、新聞配達のアルバイトを始めて、フィルム代や撮影行の費用を稼いでいたのですね
中2なのに勤労学生をしていた訳ですよ
そんな俺は高校になる前から「将来はプロカメラマン」と決めつけていて、その為には本格的なプロ機材がいると、一層アルバイトに精を出してオリンパスを処分し、次に買ったのが長年愛用する事になったCanon旧F-1後期に35/2のセットなのです(高校に入学する前に購入した)(高校では最初から写真部に所属)
これはその後、馬鹿にデカくて重いモータードライブやスポーツファインダーを装着したりnFDレンズを揃えたりで、異形のカメラと化してゆく事になるのだなぁ~(そのカメラの異形さは、モードラ+スピードファインダー+85/1.2Lレンズを装着すると、総重量は3キロ近くになった)(モードラは単3乾電池を10本、グリップに入れるタイプでしたからね)
なので最初の所有機材は、オリンパスOM-2
だけど思い入れがあるのは、Canon旧F-1後期
という事になりますね~
何だか機材の話になってしまったが、その当時に撮影しプリントした写真も、最後になるだろう次回の写真展には並べてみたいとも考えているのですね
まだ新作の制作を頑張って創ると決めたばかり………
ですからいつ開催などは全くの未定ですが、来年中には開きたいとは考えております
その詳細が決定しましたら、コチラのブログを始めInstagramやFacebookなどでも発表したいと考えております
その際は是非ともお出会いしたいと思っていますので、何卒宜しくお願い致します
ある無名の写心家 SAKU こと 夢来菴 櫻井ヒロム