
Leica M3 1st ダブルストロークの思い出話………
今回は大昔の所有機材のお話しです
(長文ですので、お暇な時にでもどうぞ♪)
俺が20半ばから30代前半の、1番金を稼いでいた頃の事だから30年程前になるが、高校写真部時代から欲しかったLeicaのМ3というレンジファインダーカメラの1stモデルを手に入れ、そのカメラを使って街撮り、今風に書けばストリートスナップフォトを撮っていた
なにしろ土門拳の「絶対非演出の絶対スナップ」に影響を受けていましたからね
この考え方は、記録としての写真について、土門拳が提唱していた事で、それ以外の写真ジャンルについて語っている訳ではないので、その辺りは注意が必要となります
話がそれました
とにかく俺は街撮りスナップを撮る事が好きで、特に街の中で生きている人物スナップをよく撮っていた
しかし一眼レフカメラは、その構造上シャッターを切るとミラーが跳ね上がり、シャッター幕が移動してフィルムに露光するという一連の動作による機械音が大きいのです
つまり一眼レフカメラは、スナップには不向きなカメラと言えなくもないのです
その点、レンジファインダーカメラにはミラーがない(一眼レフとはレンズの光をミラーで反射(レフ)して実際に写る範囲や構図を見て撮影するカメラの事です)(レンジファインダーカメラとは三角測量する距離計でピントを合わせるカメラの事でミラーがないけどレンズを通った光景をファインダーで直接は見ていないので写る範囲に若干のズレが生じる)(これをパララックスというがそれを補正するカメラもあった)
つまりミラーがないので、それが上下運動して発生する「バシャ」という金属的な作動音がしないのです
そのカメラから出る音は、シャッター幕が横移動する「シャラァン」(コレって伝わるかなぁ~)(殆どの人がレンジファインダーカメラなんて触った事がないだろうし………)という小さな心地良い音だけ………
っと、また本題からズレてしまいました
そんな訳で、街なか人物スナップが好きだった俺は、影の様に街角に同化して撮るには、静かに撮れるレンジファインダーカメラが必要で、それが欲しいと切に願っていたのです
そして様々な書籍や先人の話を聴き、実機を手にして自分で考え導き出し辿り着いたのが「Leica М3 1st 」という機材だったのです
しかしこのカメラは当時から高額だった
だけどこの1stモデルは、ダブルストロークというフィルムを2回巻き上げる構造なのだが、その感触・フィーリングが感動する程素晴らしいのです
滑らかで柔らかいとでも著せば良いのか、何の引っ掛かりもなくスムーズに巻き上げられるのです
金属製の歯車を使用した機械だから、そこには抵抗が発生しているはずなのに、それを感じさせないのです
そのカメラの価格が、今はどうなっているか調べたら、状態の良い美品になるとトンデモナイ値が付いている
ご、
ごひゃくまん
( ゚д゚)ポカーン…
先日の OLYMPUS PEN-F が、中古になって高くなったと書いたブログでは20万円となっていたが、そんなレベルの話ではなく車が買えるよってお話しなのですね………
しかし500万オーバーというのは特殊で、そこそこ程度の良い1stモデルで、30万程で見付ける事も可能です
買う気が無くても、中古カメラ屋さんでLeicaのМ3で1stモデルのダブルストロークというブツを見掛けたら、買おうかどうしようか迷っているフリをして、触らせてもらってそのシャッター音と巻き上げフィールを体感して下さい(俺も時々この手法で懐かしい気持ちになる為に北村写真機店に行くのです)(毎回違う人にお願いしているが噂になっていたらハズいなぁ~)
だがしかし、感動する事間違いなしですよ~
あっ、でも昔からの巻き上げ巻き戻しを自分で行う経験をしていないと、その違いが解らないかも知れないな
これは、オールドカメラを使った事がある人だけの、感動体験にってしまいますかね………
まぁ~それでも、フル機械式写真機に触れてみるのも1つの経験になるので、写真やカメラが好きなら試してみるのも「アリ」だと俺は個人的に思いますよ~
大昔にフィルムカメラで撮ったオマケフォト………

高校時代に近くのお宮で撮った夏の子供たち
知り合いのお母さんに会ったので許可をもらってスナップした写真です
カメラは旧F-1後期に85/1.2Lだと思う
もちろん自家現像プリント処理しています
これは四切ですが、キャビネにプリントしたものをプレゼントしたら滅茶苦茶喜んでもらえました

これは喫茶店というかパブというか、お店のマスターたちと一緒に遊びに行った時に、その息子(真ん中の子供)と従兄弟たちを撮った写真です
カメラはnF-1にレンズは200/2.8だったかな?
フィルムは富士フィルムのRDP(ポジフィルム)だと思う
これはその店のマスターと義母の親子を、同日にスナップして自家処理した写真で、これらもすべてプレゼントした
というか、このお店のマスターって、俺が初めて個展をしたお店で大変お世話になっていた人なのです
だからそれ以降もこの家族と、旅行したり遊びに行ったりしていた関係なのですね
だがしかし俺が結婚し岡山の瀬戸町に引っ越しをして、それ以降は縁が切れてしまいました
みんなどうしているのかな?
元気にしているかな………
気にはなるが今更感もあるし
流浪の野良人とは知られていたから
不義理だが連絡はしない
人は出会いと別れを繰り返し生きていく
そばに大切な人がいても
いつかはその人とも
別れがやってくる
だから
忘れない
それだけでいい
俺はそう思うのです
✤ LeicaのМ3で撮った写真は中々出せないのです
なにしろ大阪南のあいりん地区に潜入して撮ったモノや、危ない現場を記録したドキュメント的な報道写真と言えるモノが多く、オシャレな街角ストリートフォトとは程遠いのです
普段、広告写真という「ゼロから作り出した創作物」の写真を撮っていた反動なのか、ドロドロとした現実社会の光景、人間という動物の汚いけど逞しい営みを記録したいと考えて、撮影していた記録写真なので、表に出すには被写体の了解が不可欠となるのですが、今となってはドコのダレかも解らないから、公開する事が不可能になってしまったという訳なのです
それらのネガはファイルに整理して、押入れのブリキ製長持(ナガモチ)(蓋がついた大きな物入れ)に収まっている
学生時代からの課題プリントなどと一緒に収納しているから、恥ずかしく情けなくなる(未熟で下手クソな写真もとても多い)ので、整理したり処分したりするのは、もっとずっと後の事になるのだろうな………
もしも~し、蒼空さんや
俺がいなくなったら処分は頼むよ
決して表に出して皆んなで笑うなよな〜笑
ま、それも面白いかも知れんけど………
しかし蒼空は俺のブログは読まない
写真だけを観てはいる様だが内容は知らない事が多い
なので俺のブログ読者さんにもお願いしておきます
俺は多分、蒼空より先に逝く
そうしたらアイツはブログに
「ひーたんは亡くなりました」
と書く事だろう
それを知ったら今回のブログ内容の
「押入れの中の長持に入っている写真の処分」の事を
蒼空にメッセージで伝えてやって欲しいのです
もちろん皆さんも怖いもの見たさで、処分に立ち会って
「下手くそだな〜笑」
などと笑って頂けたら幸いです
どうしても「バツイチ還暦ビンボー独居オジジ」なので、大病をして入院でもしない限り、看取りもなく家の中で独り逝く事がほぼ確定事項だ
早い話が病院や外で事故にあうより、孤独死の確率が高いというだけの話なので、その辺り自分では受け入れている
というか看取られて逝く事も独り旅立つ事も、死んでしまった後の事になるので、俺には関係がない事なのです
だから受け入れている
これでイイのだ
とね
俺の死生観の最後について記しましたが、今すぐどうなる事でもないし、俺の様な天邪鬼な奴は「殺されない限り死なね〜よ」などとも言われています
だが遺言書の1枚としてここに残しておく事にします
あまり面白くもない長い内容のブログを、最後まで読んで下さりありがとうございました
m(_ _)m
ある無名の写心家 SAKU
こと
夢来菴 櫻井ヒロム
✵
あ、明日も投稿予約してますよ
最終回じゃないですからね〜笑


