徳永英明さんが、ラジオから流れる「何か」に救いを求めたように、私にも進むべき道を示してくれる「何か」が必要でした。


我が家には本が無く、小学4年生の頃に、「お子さんに是非!」と父親がセールスマンから唆されて購入した「子ども大百科」的な(名前は覚えていないのです💦)13冊程の大鑑のセットが届いたときは衝撃的でした。


質量もでしたが、母親が文字通り「魂消た」高額が、幼心に「ウチは大丈夫かな……💦」と思ったくらいだったのです。


私は、そのうちの生き物図鑑において、真っ黒なページに描かれた、「意味不明の形状」をした恐怖の深海魚達を一目見て、海が怖くなるというトラウマを与えられました😑💦


そして、なぜかお気に入りだったのが、世界の童話であって、これだけは角が擦りきれるくらい何度も読んで、母親が「またそれ読んでるの!?」と呆れたくらいでした。


父親の「祈りに似た大部の購入」は、実は私に「何かとは本か……」という気付きを与えてくれたようです。


小学校時代は、図書委員になったのを契機に、図書室で伝記や歴史マンガを読んで「僕はどう生きるか?」という人生のテーマと向き合っていました。


まんが日本の歴史の第7巻である「室町時代」は、これまた図書室のその本が擦りきれるくらい読みました。


この巻の主人公は、なんと言っても伊勢新九郎長氏であって、この北条家の始祖が「七人の侍」を連れて伊豆に辿り着く姿には興奮したものでした。


私の読書のきっかけは、「父親の祈り」と「図書委員への就任」だったのです😊♪💦