「漢字の書き取りで失点が無くならないから、漢字の書き取り練習をする」
このことの是非を考えるには、先ず『考えに破綻が無いか』を精査する必要があります。
『失点の原因が「漢字が書けないから」かどうか』ということです。
往々にして、指導者側の深層心理に「書けなかったことに対するペナルティ」という意識が働いている場合があります。
それは学校教育の「負の部分」でもありますけれど、教育効果の上では「不適当」ということになるのです。
誰が「ペナルティ」を喜ぶでしょうか?
どんどん嫌になるに決まってます。
しかも、そのペナルティを引き受けたとしても、「何の成果も上がらない」のです。
例えば、「簡単な漢字なのに書けなかった問題」が有ったとき、この「一律書き取り練習」という仕組みの中では、その『簡単な漢字を10回書き取り練習する』ことになりますね。
様様様様様様様様様様……これ楽しいですか?
これが生き様だったら、生き様生き様生き様生き様生き様生き様生き様生き様生き様生き様です。
「生」にも「き」にも、何の責任も無いのですけれど、……子ども達から嫌われること請け合いです🤣💦ア~ア
論理に『破綻』が有るのです。
一概に、「書き取りの失点」とするからイケないのですね。
「書けない漢字」を練習することは構いませんけれど、「知らなかった言葉」は覚えておけばよいだけです。
算数の「計算問題でミス」も、四則の計算で誤りが生じたのと、計算の手順に誤りが有ったのとでは、対策が異なります。
手順に誤りが有ったのであれば、そこを指摘してあげたらイイではありませんか😑💦
楽しくない計算練習をいくら繰り返しても、新出の計算問題で失点しない根拠にはならないのです。
……
現に、「年中学校の先生と揉める」小学4年生は、『もう計算練習はしないよ』と云われて、「やった♪」と喜んでましたね。
彼も辛かったのです。
子どもは、「親に諦められたくない」と考える生き物ですから、不本意ながら母親の言い付けに従っていたことは明らかでした。
嫌がっていた『鎖を解いた』のですから、次は正しい躾をしなければなりません。
彼に様々な武器を与えて、『闘い方』を学ばせなければならないのです😊♪