1月13日(日)の毎日新聞「政治プレミア」に記事が掲載されました。

現在村井が取り組んでいる『新しい社会保障改革』についてお話させていただいています。

ぜひご一読ください。

 

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行動経済学を活用、年金・医療で個人の「賢い選択」応援

~若手議員が新たな社会保障改革に挑む~

 

 

 今回は、新しい社会保障改革の手法として、自民党内の若手議員を中心に検討している「行動経済学を活用し、個人の賢い選択を応援する」という考え方について説明します。

 

 今年6月、自民党の有志議員5人で「新しい社会保障改革に関する勉強会」を設立し、9月に中間とりまとめを公表しました。メンバーとして世耕経産大臣が参加されていましたので、中間とりまとめは経産省のHPからダウンロードできます。

 

http://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/2050_keizai/pdf/001_06_00.pdf

 

 中間とりまとめの題名は、「スマート・チョイス戦略~ナッジとインセンティブで『賢い選択』を応援」です。皆さんの中には、「ナッジ」とは聞きなれない言葉だけど、どういう意味?と疑問を持つ方も多いかと思います。

 

◇ 「気付き」を生かした新たな政策

 

 ナッジとは、2017年にノーベル経済学賞を受賞した、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が提唱した考え方です。セイラー教授は、行動経済学という新しい経済学の分野を開拓したことが評価され、ノーベル経済学賞を受賞しました。

 

 行動経済学とは何か。そもそも、経済学は個人がどのように意思決定を行うかを探求する学問ですが、従来の経済学は、個人が「合理的」に行動することを前提にしていました。個人は、あらゆる情報を瞬時に分析・判断し、自分にとって最善の行動を選択するということが、議論の出発点でした。

 

 しかし、経済学に詳しくない我々でもすぐ気づくように、日々の暮らしの中でこのように「合理的」に行動している個人はほとんどいません。例えば、我々がスーパーで牛乳を買うとしましょう。たくさん陳列されている銘柄の中から、商品の特色や値段を吟味し、その都度買うものを考える人は少ないと思います。多くの方は、深く考えず、「特売品」として目立つ商品や、いつも購入する商品を購入しているのではないでしょうか。

 

セイラ―教授は、個人は必ずしも合理的に行動していないことを、さまざまな事例を通じて明らかにしました。上記の例で言うと、(1)我々が「特売品」として陳列棚の前のほうに置いてある商品を選びがちな理由は、個人の行動が初期設定(デフォルト)に影響されやすいことによるものです。また、(2)我々がいつも購入する商品を購入する理由は、個人の行動が習慣に影響されやすいためだとされています。

 

行動経済学は、こうした個人の行動の「癖」についての分析が蓄積しています。そして、この知見を政策分野に応用すると、政府がちょっとした工夫を行うことだけで、個人の前向きな行動を応援することが出来ることも分かってきました。これが「ナッジ理論」と呼ばれる考え方です。

 

「ナッジ」とは、もともと英語の動詞(つづりはNudge)で、日本語に訳すと「肘でちょっと突く」という意味です。行動経済学では、個人が必ずしも合理的に行動していないことを前提に、情報の出し方や、選択肢の制度設計を「ちょっと工夫する」ことで、個人に気づきの機会を与え、個人が望ましい行動を取るように支援する政策手法を「ナッジ」と呼んでいます。

 

◇英国で、記述変えたら納付率アップ

 

ナッジの応用は、欧米諸国が先行しています。代表は英国で、10年に当時のキャメロン首相がナッジ活用を政権公約とし、政府内に「ナッジ・ユニット」を設置しました。その後、このユニットが中心となり、さまざまな分野でナッジの社会実験が進められました。

 

最も有名な成功例は、税金を滞納している人への催告状の工夫です。単に「税金を納めてください」という通知を送るだけでは、なかなか納税が進まなかったのですが、通知の中に「あなたの住んでいる街ではほとんどの人が税金を納めている」という記述を加えるだけで、納税率が68%から83%に改善し、約290億円の増収になりました。この手法は、個人は、身の回りの人の評判を気にしがち(社会的な規範に弱いとも言えます)という特性を踏まえた「ナッジ」でした。

 

米国などその他の先進国でも、ナッジの応用が進んでいます。いまや、ナッジは、補助金、税制、規制といった従来型の政策ツールに加え、「第4の政策手法」と言われるほど世界的に注目を浴びています。

 

◇ 年金額や健康リスク「見える化」

 

一方、これまで我が国では、省エネ分野などを除くと、ナッジという考え方が政策に活用されてきませんでした。しかし、社会保障分野では、ナッジの考え方をもっと活用できるはずです。そこで、上記で紹介した研究会の中間とりまとめでは、ナッジの考え方を活用して、個人の賢い選択、すなわち「スマート・チョイス」を応援すべきだと提言しました。もっと健康になる、もっと長く働くといった個人の前向きな努力を、政府がナッジで応援してはどうか、という提言です。

 

例えば、年金分野では、ねんきん定期便の記述をもっと分かりやすくして、(1)長く働くほど年金額が増えることを見える化する、(2)年金の受給を繰り下げると年金額が増額する、といった情報を個人に伝えるべきだと指摘しました。

 

このような記述があれば、ねんきん定期便を受け取るたびに、年金額が増額していることが実感できますし、できるだけ長く働こうと思っている方には、繰り下げを選択すると年金が増えて老後資金が有利になるということがきちんと伝わるようになります。

 

健康分野では、単に健康診断の日程を通知するだけでは、忙しい個人は病院に行くことを後回しにしがちです。そこで、健康診断の通知に個人の健康リスクを見える化することで、健康診断に行こうと思ってもらいやすくすることが考えられます。実際に、一部の自治体では、こうしたナッジの活用が進みつつあります。

 

これまでも書いたように、政府内で社会保障改革を議論するとなると、すぐに給付カットや負担増の議論になりがちなのですが、本当に国民の安心を確保するためには、みんなが健康になり、長く活躍できる環境を整備して、できるだけ社会保障にお世話にならないことを応援することも重要です。そうした個人の前向きな行動を促す上で、行動経済学から学べることは多いと考えられます。

 

 こうした我々の提言も契機となり、自民党の厚生労働部会(小泉進次郎部会長)では、「厚生労働行政の効率化に関する国民起点プロジェクトチーム(PT)」を設置。年金や医療等の分野において「ナッジ」の考え方を最大限に活用した改革の検討がスタートしました。私も、厚生労働部会副部会長として、また、国民起点PTの事務局次長として、具体的な改革提案の検討に汗をかいております。

 

次回は、このPTでの検討の結果、来年4月から改定が決まった「年金関係書類の見直し」について説明します。