通常国会が終わって3週間が経過しましたが、改めて振り返ると、開会中は目の前の作業にバタバタしていて、報告し忘れていたものがあることに気づかされます。
 そのうちの一つが遺伝子勉強会についてです。遺伝子検査市場の規制の在り方とパーソナルゲノム医療について、春先に若手有志で勉強会を立ち上げ検討を進めておりますので、少し時間がたってしまいましたが、報告させてください。

 最近、米国の女優のアンジェリーナ・ジョリーが、「癌を予防するために、まだ発症していない両乳房を切除した」ということがニュースになっていましたが、この判断の基になっているものが遺伝子検査です。遺伝子検査は、個人のDNAの塩基配列を分析することで、将来罹患しやすい病気や肥満になりやすい等の体質を調べることが可能です。

 この遺伝子検査が、我が国で流行の兆しを見せています。遺伝子検査には、医師を介する遺伝子検査と医師を介さずに消費者が直接唾液等の検体を郵送で検査に回すDTC(Direct to Consumer)遺伝子検査があります。後者のDTC遺伝子検査は我が国の規制が諸外国と比べて緩いこともあり、世界に類をみない150億円規模の市場が既に形成されています。(今、インターネットで「遺伝子検査キット」と検索すると無数のキットや検査会社がヒットしますが、それが、DTC遺伝子検査です。)しかしながら、中にはずさんな検査を基に解析結果を提供している事業者も存在しており、消費者が無用な混乱や心配をすることがないように、適切な規制・仕組みを早急に検討していく必要があります。

 また、この分野では、ゲノム解析についての劇的な技術革新の結果、何百万ものゲノム情報を短期間で読み解き、その遺伝情報とかかりやすい病気・体質等との相関を調べる「メガゲノムコホート研究」が進められています。この研究は、新たな創薬・先端医療に繋がるのみならず、最終的には、遺伝子情報から、かなり高い確率で自分が将来かかる病気を知り、それを発症前から予防・治療していく「パーソナルゲノム医療」実現の基礎となるものです。この「パーソナルゲノム医療」こそが、自動車・ITに連なる21世紀の大成長産業になり得る分野と言われており、我が国がこの分野でどれだけ主導権を握れるかが、日本経済の将来にとっても極めて重要になってきます。

 米国では、今年1月にオバマ大統領が、100万人以上の米国人の遺伝子データを集める計画を発表し、多額の予算を投じるなど、パーソナルゲノムに向けての一歩を踏み出しています。
 こうした状況を踏まえ、DTC遺伝子検査についての適切な規制を通じて健全な遺伝子検査ビジネス育成を行うとともに、パーソナルゲノム医療の国際競争に打ち勝っていくために必要な施策について整理を行った上、菅官房長官に提言・説明を行いました。(報告書の内容は以下に添付しております。)

 新たな政策分野・政策課題は、役所の苦手分野でもあります。時代の変化を迅速に捉え、20年・30年先を見据えて、タイムリーな政策提言をこれからも行って参ります。


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DTC遺伝子検査の適正化とパーソナルゲノム医療の確立に向けて

                             平成27年5月20日
                             有志遺伝子勉強会

 遺伝子検査については、医師を介する遺伝子検査と医師を介さずに消費者が直接唾液等の検体を郵送等で検査に回すDTC遺伝子検査があるが、我々有志議員は、後者のDTC遺伝子検査について、本年1月より、有識者及び役所との議論を繰り返し、その現状と課題及び可能性について勉強及び検討を進めてきた。
 その結果、我が国のDTC遺伝子検査は、諸外国と比べて規制が緩いこともあり、世界に類を見ない規模の市場が形成されているが、その反面、安全保障上の問題をはじめ幾つかの見逃せない課題をはらんでいることが浮き彫りとなった。
 他方で、この既に成長しているDTC遺伝子検査市場は今後次世代シーケンサーの普及などで更に成長する可能性があり、その成長を健全な形に導くことで、世界中が自動車・ITに次ぐ21世紀の一大産業として主導権確保に凌ぎをけずっている「パーソナルゲノム医療」において日本の主導権を築ける可能性もあり、安倍政権の第三の矢の柱の一つとして取り組むべき課題である。
 そのために何をすべきか、以下、DTC遺伝子検査市場の課題とともに、対応策について提言する。

                記

1.DTC遺伝子検査市場の課題
(1)安全保障上の課題
 DTC遺伝子検査では、解析データに意味づけを行う「検査サービス提供事業者」が、実際に検体から解析しデータを取得する「受託解析会社」に解析委託する形で行われるのが通常となっているが、「受託解析会社」のいくつかは海外の会社であり、結果として日本国民の遺伝子情報が、中国を始めとする諸外国に流出する形となっている。
 海外、特に中国等において日本人の遺伝子情報が蓄積され、解析が進めば、究極的には「日本人のみに被害を与える物質」の開発など安全保障上の様々なリスクが考えられ、遺伝子情報の流出に対して、早急の対応が必要である。ちなみに、中国では、中国人の遺伝子情報の海外への持出しを禁じる立法が既に措置済みである。

(2)消費者保護の脆弱性
 DTC遺伝子検査市場においては、消費者に遺伝子検査の機会を提供する販売業者、検体から解析を行い、データを提供する受託解析会社、そのデータに一定の意味づけを行い消費者に返す遺伝子検査サービス提供事業者など多様な主体が存在するが、いずれに対しても業界団体による自主的規制しか存在していない。その結果、約750社に及ぶ販売業者・検査サービス提供事業者の中には、杜撰な検査を基に解析結果を提供している事業者も存在するとの指摘がある。
 また、そもそも、DTC遺伝子検査では、日本医学会の「遺伝子と病気の関係が明確である単一遺伝子疾患 は医療の範疇である」との見解を踏まえ、遺伝子と病気等の関係性が完全ではない多因子遺伝子疾患等を対象としている。そのため、特定の遺伝子配列の違いと疾病罹患リスクや体質等の関連性を示す学術論文に基づいて、利用者の疾病リスク、体質傾向等を報告するサービスを行っており、特定の疾患について確定的な診断を行ってはいない。しかしながら、こうしたDTC遺伝子検査の解析結果が持つ意味について、消費者に的確に伝えられていないという大きな問題がある。

(3)杜撰な遺伝子情報保護
 上記消費者保護とも関連するが、遺伝子情報の保護についても、経済産業省ガイドラインや業界団体による自主的な規制に留まっており、消費者自身が自らの遺伝情報がどこに渡っているかトレースすることが出来ない状態である。
 加えて、検査サービス提供事業者が海外の企業に買収をされた場合は自動的に海外に遺伝情報が流出するといった問題もある。

(4)遺伝子差別
 そして、最大の問題は、遺伝子検査が、疾病罹患リスク・体質・能力・血縁関係等を判定するものである以上、一歩間違えれば、就職や受験等を始め様々な場面で遺伝子に基づく差別が起きる可能性である。事実、米国では遺伝子差別禁止法を2008年に制定するなど、主要先進国では遺伝子情報に伴う差別禁止を法定化しているが、我が国では法的な枠組みは未整備である。


2.DTC遺伝子検査市場の健全な育成に向けて
 上記のような課題に的確に応えるため、当勉強会としては、以下を提言する。
 ① 検査施設の認証・更新付有期免許制度の導入、責任者等の要件等の明確化
   現在、遺伝子検査施設に関する一般的な規制はなく、保険診療対象の遺伝子検査を行う場合のみ、臨床検査技師法に基づく衛生検査所としての届け出が必要とされている。今後は、遺伝子検査の質保証の観点から、厚生労働大臣による施設認証制度・更新付有期免許制度を導入すべきである。
   また、検査施設の責任者・実施者が備えるべき要件、能力評価等についても、遺伝子解析に係る博士号の取得など要件等を明確化すべきである。

 ② 販売業者・検査事業者の登録制&検査機器・試薬に対する認可制の導入
   販売・検査業者について、業界団体による自主基準に基づいた対応を法的根拠に基づくものとし、登録制を導入すべきである。併せて、消費者が、DTC遺伝子検査を正しく理解し、自身の健康増進に適切に活かすことが出来るよう、経済産業省・消費者庁が、事業者が守るべき「消費者保護のためのガイドライン」を定め、保護が十分でない場合には、是正措置が取れるようにすべきである。また、検査機器・試薬についても認可制を導入すべきである。

 ③ 遺伝子情報トレーサビリティーの確保
   遺伝情報を取扱う事業者は、遺伝情報の所有者(本人)から求められた場合、当該遺伝情報を提供した先を報告しなければならないことを明確化し、少なくとも国内においては、遺伝子情報のトレーサビリティーを確保する必要がある。また、こうした取り組みを通じて、海外への遺伝情報の流出経路を特定し、遺伝情報の海外流出に対しても適切な措置を行うべきである。

 ④ 遺伝教育推進・遺伝差別撤廃の理念法制定など、国民への適切な啓発活動
   遺伝教育について、「教えると差別が起こる」という考え方から転換し、「教えないから無知蒙昧が生じ、知らないから差別が生じる」との考え方に基づき、ヒトの遺伝教育についても充実させていく必要がある。また、遺伝情報に基づく差別撤廃のための理念法制定や、一般消費者に対して遺伝カウンセリングを行う専門職の国家資格化等も検討すべきである。


3.日本発パーソナルゲノム医療の確立に向けて
(1)現在、ゲノム解析についての劇的な技術革新によって、何百万ものゲノム情報を読み解き、その人たちの遺伝情報と様々な体質等との相関を調べる「メガゲノムコホート研究」が可能となっている。この研究は、新たな創薬・先端医療に繋がるのみならず、最終的には、遺伝子情報を通じて自分のかかりやすい病気を知り、それを発症前から環境を含め予防・治療していく、所謂「パーソナルゲノム医療」の基礎となるものである。
 このパーソナルゲノム医療こそが、自動車・ITに連なる21世紀の大成長産業になり得る分野であり、我が国がこの分野でどれだけ主導権を握れるかは、日本経済の将来にとって極めて重要となる。

(2)この点、米国では、今年1月オバマ大統領が、遺伝子、環境、ライフスタイルに関する個人ごとの違いを考慮した予防や治療法を確立することを目的に、100万人以上の米国人の遺伝子データ(カルテ情報、代謝物質情報、生活習慣データ等も含む)を集める計画「Precision Medicine Initiative」を発表し、2.15億ドルの予算を投じるなど、パーソナルゲノム医療に向けて力強い一歩を踏み出したところ。また、EUでも、域内のゲノム研究機関の情報共有に向けた中央研究組織設立に50億円を拠出する等、グローバルな研究競争が加速している。
 我が国においても、東大医科学研究所や東北大学・岩手医科大学等が、患者の遺伝情報・生体試料・臨床情報をバイオバンクとして収集する取組を行っているが、残念ながら、遺伝情報・生体試料・臨床情報等の幅広い情報を、被験者の同意を得ながら入手するのに、例えば、東大医科学研究所では、20万人分の情報収集に10年程度要しており、迅速性に大きな課題がある。

(3)そこで、我が国おいても、米国同様、国家プロジェクトとしてのゲノムバンク構築を進めるべきであり、その際、DTC遺伝子検査の普及という他の国にない我が国の特殊性、強みを活かすことが重要である。
 具体的には、DTC遺伝子事業者において質の高い遺伝子情報が蓄積されている場合には、消費者の同意を条件にゲノムバンクへの提供を可能とすることが考えられる。また、今後のDTC遺伝子検査においては、DTC遺伝子検査の販売業者・検査事業者等から消費者に対して、遺伝情報・生体試料・臨床情報等をバイオバンクに提供することについて依頼することを義務化することが考えられる。その際、バイオバンクから通常のDTC遺伝子検査とは比較にならない幅広い情報のフィードバックを行うことで消費者に対するインセンティブとすることも検討に値する(もちろん、消費者は拒否可能)。

                                  (以 上)

○検討会メンバー
    衆議院議員 木原誠二(座長)
    衆議院議員 上野賢一郎
    衆議院議員 牧原秀樹
    衆議院議員 小倉將信
    衆議院議員 宮崎謙介
    衆議院議員 村井英樹
    衆議院議員 山下貴司
    参議院議員 古賀友一郎

○検討会の開催実績 
 第1回 平成27年2月6日
  遺伝子検査事業者(ジェネシスヘルスケア)等からヒアリング
    
 第2回 平成27年3月18日
  遺伝子検査の実施状況と適正なゲノム情報の利用に向けて
  NPO法人個人遺伝情報取扱協議会 代表理事 堤正好氏からヒアリング

 第3回 平成27年3月25日
  国内における遺伝子検査市場の現状と参入企業について
  株式会社シードプランニングからのヒアリング

 第4回 平成27年4月1日
  遺伝情報に関する倫理的課題
  東京大学 医科学研究所 教授 武藤香織氏からヒアリング

 第5回 平成27年4月15日
  遺伝学的検査の問題点と可能性
  北里大学大学院医療系研究科 教授 高田史男氏からヒアリング

 第6回 平成27年4月24日
  消費者向け遺伝子検査ビジネスの現状について
  経済産業省製造産業局 生物化学産業課からヒアリング