大好きなおじいちゃんが旅立ってしまいました。

今回は里帰りしてないし、そんなときにこういうことがあっても仕方ないと念頭に入れていたけど、死に目にあえないというのは辛いものがある。
亡くなったあとになるけど今日は新幹線飛び乗って会いに行ってきた。
産後2週間くらいだけど、顔見ずにいなくなってしまったら後悔すると思ったから。

すごいきれいな顔をしてたおじいちゃん。
ほんとによく言うけどまるで寝てるみたいな。
最後は呼吸が難しくなって、ってことだったみたいだけど表情は苦しそうじゃなかった。

向かう新幹線の中で走馬灯のように可愛がってもらった記憶が蘇ってきた。
おじいちゃんの後をついて回ってた幼稚園時代。
海外旅行や買い物にたくさん連れていってくれた。
他の人の言うことは聞かなくても私の言うことは聞き入れてくれることもあった。
酔っ払ってタオルを投げつけられたこともあったし傍若無人でわがままやったけど、進学や就職や結婚出産のとき〇〇なら大丈夫や、となんかよくわからんけど太鼓判を押してくれたのはいつもなんかよくわからん自信になった。
誕生日やら天気が悪いときはいつも電話してくれて心配してくれた。
ちっちゃいときから家を出るまでほとんどおじいちゃんとおばあちゃんと川の字で寝た。

隣に寝てると、ほんとに息をしてる?と不安になることが多かった。
小学生のころからおじいちゃんやおばあちゃんが死んじゃう妄想をして泣いていたこともあった。
お酒飲みすぎてよく体調を壊すし、注意しても全然聞かないから家族をしょっちゅう心配させてたおじいちゃん。
こういったらおかしいのかもしれないけど、もう心配かけられることはないんやなと思ったらほっとするような部分もあったり。
なにしでかすかわからんじじいやったから。

そんな思いもあるけど、もう話すことはできなくて電話してくれることもなくって、一緒に買い物に行くこともできないってもちろん当たり前に寂しいし悲しいよ。信じられへんよ。

でもここまで何度も死にかけながら奇跡の復活を遂げまくってまわりをびっくりさせてくれてありがとう。
近所でも有名なおじいちゃんやったからもう商店街をチャリで走ってたり大きな声で挨拶してる姿を見られないって思ったら悲しんでくれる人も多いんちゃうかなって思う。
たった30年ちょっとしか一緒にいられへんかったし最後の方はほんの少し顔合わすだけになってはいたけど私なりにおじいちゃんのことは大事に思ってきたよ。
また生まれ変わっても私のおじいちゃんとして生きてくれるかなあ?
間違いなくいちばん可愛がられてた孫やと自負してるんやけど違うかなあ?

とりとめのないことばっかりになってきたけど、最後に顔を見られてほんまによかった。
新生児のお世話があるからお通夜もお葬式も出られないけど、少しの時間やったけど、ちゃんと私の中でお別れは言えた。

仕事大好きでずーっと何かしら動き回ってたじーちゃん、ちょっとゆっくり休んでください。
また会おうね。