『一滴の嵐』小島小陸(2002 筑摩書房)

ぶぶ漬けがブログ作ったら絶対紹介したいと思っていた一冊です。
太宰治賞を受賞した力作なんですが、その割に悲しいくらいマイナーなんですよね・・・。
そもそもこの作者、経歴が一切不明でこれ以降一冊も本を出版してないんですよ。覆面作家というやつだったのかしら・・・。
それでも、作品が名作というのは変わりません。この小説はぶぶ漬けの大好きな要素が存分に含まれていて寄宿舎はもちろん、歴史、民族問題、哲学も扱われており、主人公の少年の成長の過程が丁寧に描かれた青春小説です。近代ドイツ史に興味のある方は面白いと思います。あと『トーマの心臓』や『風と木の詩』の雰囲気が好きな方にお勧めです。

あらすじ(本書帯から抜粋)
「ある一人の黄金の少年が僕を見つけたとき、僕は野犬と変わりなかった」
時は19世紀半ば。アルザスからいつの日かパリへ。反発しながら強く惹かれ合う二人の少年―

舞台は1848年のアルザスの村から始まります。このアルザス、独仏国境地域に属しており、独仏間で戦争をやる度に領土変更が行われるという歴史的に見てかなり複雑な土地です。(この作品の時代はフランス領)

主人公のエーミールはフランス国家への憧れとアルザス人の誇りの間に揺れ動く11歳の少年。エーミールは野心深い少年ですが、家は貧しく父親の作る鉛筆を街で売りながら、自分以外生徒のいない学校へ行っています。
ある日商売の最中に昔の同級生に絡まれて、喧嘩をしていた時、運命の相手、黄金の少年・ウジェーヌと出会います。
ウジェーヌはエーミールより一つ上のフランス人男爵の息子で足が不自由なのですが、それを補って余る程、美しい金髪碧眼の少年です。
そんな彼らは一目見た瞬間互いに惹かれ合います。
そしてウジェーヌの強い希望と父の男爵の計らいにより、エーミールは寂しがり屋で泣き虫坊ちゃんのウジェーヌの子守兼友人として雇われて、ウジェーヌと一緒にストラスブールの音楽学校へ行くのを条件に援助を受けることになります。この際、ウジェーヌと同じ学年になって学び舎に行くために飛び級した上、音楽学校に入れるだけのヴァイオリンの技術を身につけて推薦状をもらい、晴れて音楽学校へ入学します。

エーミールってば入学早々、ウジェーヌの足のせいでゆっくり歩いているのを上級生がイライラして舌打ちをうっただけで殴り倒すような問題児だったんですが、持ち前の魅力で次第に友人たちが増えて、慕ってきてくれる後輩も出来ます。
生意気で口の減らないウジェーヌ馬鹿のくせにどこか素直なエーミールは本当に可愛いです。皆が惹かれる気持ちも分かります。ウジェーヌがエーミールを甘やかす気持ちも分かります。ぶぶ漬けだって可愛がりたいもん。
エーミールとウジェーヌの関係以外にもエーミールと初対面で殴り飛ばされた上級生のベルネとの一見仲が悪そうに見えて、実は認め合っている兄弟みたいな関係も萌えます。
最初こそ犬猿の仲だったのに、エーミールが襲撃を受けた時は血相変えて実家から帰ってきてくれたり気にかけてくれてるんです。ぐふふ


☆☆ぶぶ漬け的見どころ☆☆
彼が内気な震え声で哀願して、「僕、君が好きなんだよ、ほんとに・・・」というのを、本気で構って、言葉尻を捉えて皮肉で攻撃する根気も湧かなかった。僕は彼の涙二、三粒で降伏し、この困窮した状況から逃げる手段として、彼の頬にす早く口をつけた。そんなとってつけたご機嫌取りにも彼は深い感激を見出して、しおれた花が太陽にぱっと開いたように微笑した。
「僕、君が好きだよ。ほんとに」
彼は同じ言葉を、今度は朗らかに響かせて明瞭に発音し、僕は声を喉の奥にこもらせて呻いた。
「そのくらいのドイツ語、何遍もいわなくたって分かるったら!」
むきになって声色を荒くする僕を、彼は可笑しそうに目を細めて見つめて、僕の頬にキスを返した。


出会って当初の二人がすでにこれからの関係を確立しているシーンです。エーミールはとにかくウジェーヌに弱い。ウジェーヌもそれを理解しています。まったくいいコンビですよ。
でもこの二人の関係は実際はもっと複雑です、エーミールにとってウジェーヌは愛する対象であると同時に、彼の父親に金で雇われた契約関係でウジェーヌにそばにいることは喜び以上に苦痛と屈辱がいつも付きまとう複雑な関係なんです。
ウジェーヌにとってはエーミールがそばにいてくれるだけで幸せなんですけどね。
エーミールのウジェーヌに対する執着も中々ですがウジェーヌのエーミールに対する束縛意欲や嫉妬心も並々ならぬものを感じますもん。
エーミールが街に女の子をナンパをしに行こうと誘ったら、ウジェーヌがめちゃくちゃ気分悪くなってエーミールが断念したら輝いた笑顔を見せるんですよ(笑)。
他にも色々あるんですが、極めつけはラストの立派な青年になったウジェーヌの告白ですかね。ここだけでも読む価値あります。お前はどれだけエーミールが好きなんだと。もしエーミールが結婚しようが、徴兵されようが手放す気ゼロなんですよ、本当に。

この話は始終エーミール視点で進められるんですが、エーミール自身面白いキャラなんで他の人物から見たエーミールが見たかったぶぶ漬けです。特にウジェーヌはもちろん、べルネ、従兄のフランツ・ローテ、ヴァイオリンの師のシュタインリンガー教授、後輩のリシャールから見たエーミールはそれぞれ違う人間だと思うんですよ。続編書いてくれないかなぁ。
あとぶぶ漬けは密かにしっかり者のリシャールが大好きなんで、この子単独の話が読みたかった・・・。弟との確執とか。あと専攻の違う同級生のマックスとどういう経緯で親しくなったのかもしりたかったなぁ。