君は一冊の問題集を最後までやりきったことがあるかい?
書き込みだらけになった問題集で学習の軌跡を証明できるひとはそんなにいないだろうな。高3になって自分がこだわった問題集が一冊もないようでは大学受験は無理だ。3流私立にいきなさい。お金を払って大学に行ってから高校内容の補習を受ける程度が関の山。お粗末なことだ。

 

 ある生徒が東京に出る直前、白菜が山盛り入るくらいの大きな段ボール3箱に3年間の自学の集大成をおいていってくれた。あまりの量ゆえにお父さんが運んでくれた。監督は3日位かけて、一冊一冊手に取ってすべてをみた。長高TOPクラスの苦労の証を改めて知った。その中で400Pもある英文法の問題集がとても印象的だった。最初のページから最後までいたるところにマーカーがはいり、メモ書きがしてあった。その分厚い問題集は今もレインボーの書庫に並んでいる。この子の貴重な学習の軌跡だから。

 入会前のカウンセリングの時、母親が「そんなところ行けるはず無いと言われるのがこわいから志望大学は言えません。」と言った。その難関国立大をこの娘はずっとA判定のまま予定通り合格した。英語は9割以上とった。いま浜風に吹かれて充実の専門課程に入っていると思う。さぞかし充実している事だろう。あのレベルの子供たちが集う大学があるのだから日本も捨てたもんじゃないなあと思う。実は監督はあそこの経営学部に行けなかった。全然数学が届かなかった。今でも高2の秋、数2Bの先生に定期試験後職員室によばれて「いったんどうしたんだ。何をやってんだ!」と職員室中に響き渡るくらいの大声で怒鳴られたことを鮮明に覚えている。他の先生方が驚いて顔をあげたものなあ・・・怒鳴らずにはげましてくれたら調子に乗って挽回できたのに。監督はいつも自分が正しいと思っていたから逆効果だった。そういう経験があるから、自分の生徒が受かってくれてとてもうれしかった。


 さて本題にもどろう。一冊の問題集の価値、受験生にはとてつもなく大きい。丁寧にやり切った最初の一冊が次の一歩を決めるのだ。その一歩を自力で踏み出せないレベルで何が成せようか。もう先は見えている。模試の判定結果などくそくらえ。やりきった赤の書き込みだらけの問題集こそが本当のA判定さ!

監督