監督の勤務していた会社のTOPが高齢のため一線から身を引いたというニュースがNHKと日経に出ていた。UPで映るその笑顔をみて、監督は30数年前の新入社員の頃を思い出している。
3か月弱の新人研修がおわって大手町にある東京本社の19F会議室で連日ニュースにでていたうちの会長を初めて現物で見た。我々新人を並べて
「縁があったんだよ。うちの会社を選んでくれて君たちがここにいるということは」と切り出した。続けて
「だから…できる限り君たちにとっても、我々会社側にとってもいい縁だったと言えるようにしたいとねがっています」と言った。それを聞いて監督は毎年同じことを言っているのだろうくらいにしか思わなかった。
30数年たった今、あの言葉が極め付きのことばだったと思える。
監督はその会長から直接声をかけていただいたことが3回だけある。在職中1回 退社後2回だ。
監督は親の介護で43歳の時突然辞めた。退社のあいさつで社長にはじっくり時間をとっていただいたが、流石に会長は遠い存在のまま終わった。ところが辞めて2か月たったころ秘書室長から電話がかかってきた。
「会長が会いたいとおっしゃっている。」 当時自宅介護で夜中に何回も母をトイレに連れ行くような日々だったので「行けません。」と断ったのだが、あっておくべきだと秘書室長が動いてくださり、「君の予定に合わせる」と会長から返事をいただいて、数か月ぶりにスーツを着て浦佐から東京まで行った。
「君に辞められたらかなわんなあ・・・これで留学させたものは何人辞めたよ・・・ただ君はさあ、独立してやる方がいいな。新入社員のころからずっとそう思っていた。」
「ありがとうございます。しかし会社の仕事が非常に順調にきておりましたので突然キャリアを断って、この先を考えるとお先真っ暗です。」と言ったら大きな体をソファーから乗り出して
「それは違う。君は大切なお母さんのためにいいことをするんだ。 だから君の人生は薔薇色なんだ!」とおっしゃった。
もう1回は「やめて10年たちました。」と、うちのスクールのカタログを添付して「今をもって勤務させていただいたことに感謝をする次第です。」と手紙を送った。すぐ会長専用の和紙で出来た封筒が届けられた。口述筆記で秘書がびっしり送ったお米の御礼と懐かしく君の近況を知ってうれしいと書いてあった。中を見るともう1枚便箋が入っている。
「 からだが1番 くれぐれも健康に」と手書きで添えてあった。この手紙を監督はずっと神棚に飾っている。
ジャパニーズビジネスマンとかエコノミックアニマルと世界から揶揄されたころの会社「命「」のはなしをしているんじゃないよ!
就職は「人」と「人」 つまり「縁」があるということなんだ。 人と人だから本質的な信頼がそこにないような会社選びは儚いといっているんだ。
それをどううやってみつけるか!
本質的に就職は人が人をみるんだ。苦労してきた人が苦労をまだしらない若造を見るんだ。世の中に出ていくとき、自らのしっかりした分析もさることながら、自らの親の苦労を、その無償の愛と自己犠牲を今一度見つめてみろ。そして世の中に出ていくのだ。人の子として原点を見きわめ自信をもって挑んでいくのだ。そこで出会う人・仕事・顧客・パートナーetc・・それは縁であり出会いであり人生そのものなのだ。
それがインターンシップやWEB面接で成立するか? そんなに便利で遠距離で大量で効率よくバクバク「人」をみれるか。一生モノの縁にめぐりえるか!
就職(人の縁)をなめるんじゃない! 採用する側も採用される側も!
監督
監督

