「少しの余裕をもつ人生」とはどういう感じだと思う? 大学に行き4年後には社会人となる。親元を離れ、職を得て毎日がなんとかやっていけるようになる。そこからなのよ!人生ぎりぎりのままで余裕がない人が多いかもしれないな。生活に追われ、結局やっていることは生活のための仕事とスマホ、気がついたら30歳まじか。そこで「ようし 頑張るぞ、人生を変えよう」とおもっても具体的に手が打てるかなあ。難しいよね。世の中、転機や飛躍にはタイミングというものがあるからね。


好きな人ができて結婚するかもしれない。余裕のない若者同士が一緒になって、それで楽に生きられるかなあ。それじゃあ夫婦喧嘩が絶えないし、子供に恵まれても叱ってばかりかもしれない。たまに友達からさそいがあっても愚痴ばっかりで心底楽しめないかも。
「少しの余裕」とはね、たとえば突然懐かしい友達が「たまたま近くに行くから寄ってもいい?」と連絡があったとする。その時、心から「おいでよ、狭いけれどうちに寄ってくれ」と言える。


そして友が来た時、「何もないけれど、この紅茶結構おいしいよ」とパートナーと顔を見合わせて、笑顔でうなずきながらお気に入りのお茶をさしだす。すると友達が「ほんと! いい香りだね。ありがとう。」
そして濃密で充実した時間がゆっくり過ぎていく。君(とパートナー)の「人生の中にある少しの余裕」が友を呼び込み、そしてもてなす。そんなことは人生の流れでそうなると思うかもしれないが、経済があるからね、少しの余裕を持てる人生は意識して若いときから努力して構築していかない限り手に入らない。難関校受験よりずっとむつかしいよ。日々の暮しの中で余裕をもつということはね、ほんとに。世の中は余裕を持っている人には、それが一杯あり、逆にそうでなひとはまったくない。不公平なもの。ただ人それぞれの「余裕ある人生」は努力をすればみんな手にすることができる。監督はそう信じるな。


君たちはこれから人生を築いていく中で、進学も職業も結婚においてもその選択の根底に将来の人生設計を意識して決めなくてはならない。その中に「少しの余裕がもてるような人生をもちたいなあ」ということを意識しておいてほしい。それが君たちを幸せにし、君たちの周りも幸せにしてくれる。真の豊かさとのはそういうことではないかなあ。コロナ禍の今、「余裕のある人生」が益々問われてくると思うなあ・・・
監督