君が、あなたが、ハリウッド映画に日本人だけれど出演したいとする。
男なら黒い髪と澄んだ目、最低180センチ,、体重80キロは必要だろう。英語がはなせて西洋文学を原書で読めて、INTERACTIONもそこそこできないと長くは務まらないだろう。
受験もおなじことではないか。「あそこいきたーい。」などと自分中心で考えてはダメ。必要用件を満たしているかどうかをしっかり見据えないと!。いい大学はいい人材を求めている、ただそれだけ。ただ日本はセンターの点数だけだけれど。だから大学受験は君たちにとってはじめての全国標準のオーディションみたいなものさ。

見ず知らずの57万人の高3とセンター試験の点数だけで選別されていく。世の中を安全に快適により思いやりのあふれたものにして行くために優秀な人材を常に時代は若者に要請する。だから教育は国家プロジェクトそのものでり、そこに淘汰が起こり入試が出てくる。

ただね、この2つの試験で決定的にちがうことがあるね、ハリウッドスターの方はね、100%オーディションで決まる、つまり一方的にプロデューサーが決めるのだ。君の論理も希望も関係ない。実力さえ君発信のそれとは違って評価されることだってあるだろう。つまり同じ受験でも選ぶ側の論理だろ。
 

一方大学受験は違う。フェアだ。たった1日数時間の筆記試験だけだよ。そこに思惑も運もないさ。要は君が何点取るか、それだけ。オーディションではその子の癖や将来性や、魅力を読み取ろうとするだろう。あまりの新鮮さに惚れてしまうこともあるかもしれない。世界に一人だからね。人間個々は。受験はそういうスリリングな出会いやグレーで曖昧なものはない。面白くないんだな。けれどもとても明朗会計だ。教育だから。大切な初心なこの国の若者の将来を相手にしているのだから。そして57万人も一気にうけるのだから選考プロセスが単純でないといけないのさ。



大学受験生諸君よ!

大学という高等教育機関で学ぶことは、その先で世のため人のために君が選択する職責で君の知力と志と意欲を一生かけて果たすためではないか。アルバイトや自費海外旅行を当然のこととして、スマフォ片手にモラトリアムの満喫に時間と金を費やしている大学生に何ができよう。4年後、携帯情報や「周りと同じでないといけない感覚」で世界標準を知らずにただ給料や仕事内容や噂を信じて職探しに奔走するだけだろう。あわれ・・・
本をよめ、難しいものに一人静かに挑戦しろ。ほんとうにやる気なら院卒は当たり前の時代だろう。 

今こそがんばれ。自分のために。
君を育ててくれたこの国のために。
君たちのいまの一途な思いがろくでもない進学先で落ちるとこまでおちないように。
志を追及できる大学に進むんだ。入ってからが勝負が始まる。春から真の知的トレーニングが始まるのだよ。
人生の登竜門だ。登れ、励め、そしてかちとれ!
                                                  監督