今日の授業がおわった。時計は午後11時。待っている親も大変だろう。

中には「うちのお母さんは毎晩ビールを楽しみにしている」とか

「お父さんもお母さんも毎晩飲んでいます。お母さんの方が飲むくらい」なんて言う生徒もいるけれど、お酒を飲もうが飲むまいが週1とはいえ夜の11時まで待っている親も大変だ。特に下に兄弟がいる家庭は。

 

さて授業を終えた時、監督は時々

「今夜、この子を変えた!」と確信を覚えることがある。

30分以上叱り飛ばしても逆に誉めちぎっても、時には励まし続けても、手ごたえを感じない時もあるのだけれど、その日の授業の進捗とは別に「今日はこの子を変えた!」と生徒を見送った直後に体の底から確信を覚えることがある。

 

それは多くを育ててきたからある程度本人より子供の先が読めるからかもしれないけれど、方程式はない。勿論受験だから責任があるし、特に大学受験ともなると全国勝負で勝たせないといけないから「わかっているか?まだわかっていないか?」を指導しながらいつも自問している。 その結果、仮に今日の授業でボロボロ、けちょんけちょんでも次は変わっていくだろうと確信できる瞬間を見逃さない。そしてその通りに子供が変わっていく。特に高3ともなればその日が一生ものの財産となりうる変化の記念日なのかもしれない。

 

「この子が今日で変わった。」と思える時、玄関まで送ることがある。そして肩をたたいて「ご苦労さん」と声をかけている。心の中で「ありがとう!よくついてきたよ。今夜は」と思っているからだ。

                                                       監督