「小6の娘の算数をなんとか」

「息子の大学受験をよろしく・・」

「新中1になっても今ある学力の貯金を有効にのばしてほしい・・」

「娘の高校進学は大丈夫ですか」

「進路に悩んでいます・・」

 

郵便局や銀行でばったり母親に会うことある。

何年前でも子供のことは昨日のように覚えている、

有難いことに必ずと言っていいほどおかあさんのほうから

「監督にあの時いってもらった・・・」とか

「今でも一生懸命おかげさまでやっています」とかのお言葉を頂くことが多い。

 

子供を介してコミュニケーションがとれてうれしい。

監督は2000年くらいまでは猛烈ビジネスマンだった。バブルのころは毎日午前1時~2時まで丸の内界隈にある地上100Mのビルの中で仕事ししていた。それからビルの前に並ぶタクシーでお酒を飲みにいく日も多かった。月の交通費が国内出張だけで80万にも達し、大真面目に将来社長になる気でいたようなころもあった。 ところが神経性難病で苦しむ母親を看る為に最も勢いの出ていた40歳過ぎの時突然退職をした。そして大学教授であった妻と2人で起業をした。ここ浦佐でね。

 

今子供たちに囲まれ毎日を生きている。

褒めて叱って励まして、ハグして背中を押して、時には生徒の涙で服が濡れたこともある。

 

今日も中1のクラス、学年末試験で90点を超えた生徒が大半だったので授業をせずに英国映画を見せた。アイスを配った時「ありがとうございます。」とはっきり言った女子は今年の春は愛想もなく不満そうな日々が多かった。数か月たってお勉強もがんばるし、いい点を取ってくれるし、なにより笑顔がふえた。今朝、成績管理レターのコメント欄で親宛に「〇〇が笑顔でこんにちわーとレインボーの玄関に入ってきてくれると、とてもうれしい気分になる。」と書いていた。それを夜本人に渡した。

偶然じゃない。こういう子供との縁に恵まれているという証、ともに生きているということだ。

 

だから、しみじみこの仕事に出会ってよかったと思う。

                                                      監督