これ去年の3月に書いたブログです。今年もそのまま使える。あきれた!
教科書購入のシーズンだね。
「市民会館にわざわざ買いに行かないといけない理由はなにかなあ?」」
「きっとお店や屋台がでて楽しい会場になってるのかな・・・」
「申込書形式をとらせるということはどういう意味?」
「あたし、この科目買わない。嫌いだからと選択ができるにちがいないないわ。」
そしてそしてそして
「なぜ六ちゃんは毎年こうも英語の教科書や教材を劇的に変えるの?」
「それはね。生徒の質に合わせて先生方がすごい時間をかけて生徒の力と教材を分析して最良の教科書と副教材を選んでくださっているからよ」
「だから毎年しっかり教科書の内容がきちんと終了して積み残しなく生徒たちは完全に1年間で履修しきっているのよね。」
「へーぇ・・・そうなんだ。全然しらなかった」
全部冗談です。 こう書いたんだよ。去年の今頃
さてさて教科書を変えるということは連動している内容をぶった切ってゼロスタートをきるということだ。もし「どこの教科書も同じレベル編成だから問題ない」と六高の教師が毎年判断しているのなら、なぜ何十種類も教科書が出版され続けるんだろうか? なぜ3年間3冊シリーズで編集するのだろうか。 英単語集もまた変え、とうとう辞書まで変えた。辞書は正解で今回のほうがいい。ただ何も考えていないだろう。
とにかく余りの愚かさに先が見えてしまう。こういう状態だから国公立も30人そこそこまでおちこみ学力劣化の一途をたどりつづける。模試で全国平均超えは遠いな。ふー・・・
監督
監督

