監督は東京のある電機メーカーを辞めて14年が過ぎようとしている。今でも毎年部下たちが浦佐まで会いに来てくれる。部下と言っても50才を過ぎた会社の役員やGMだから彼らは丸の内で多くの部下(大卒、それもMARCH以上)を相手にしている。国際大学院時代の友人たちも卒業して長年たつが相変わらず連絡を取り合っている。社長になったものや、中には直属の部下300人で車までついているものもいる。

 

学歴が全てではないが彼らにもし学歴がなかったら今はない。100%ちがった道を進んでいる。 学歴は特に企業社会ではフェアーな人物の評価基準になっており給与も学歴に合わせて明確に取り決められている。華々しく世の中に出てきた一部企業の中には「学歴を問わない、見ない。人物本位だ」などといっているところもあるだろうが、監督から言わせれば人が集まらないからそういって何で何でも新卒がほしいだけだ。

 

友人たちは奇しくも口をそろえていった。「若年層の労働者不足で売り手市場だと言われているかもしれないがうちはちがう。いいのをとって、しっかりしたものを選んで、そういう人材にお金をかけたい。きまりきったことだよ。」

 

さて大学で研究者や学者になるものはのぞいてほとんどがその先就職だ。

その大学を選ぶということは4年先で今度は企業に選ばれるという厳しい淘汰と連動している。受かったところに行くしか選択肢がないレベルの生徒には想像もできないだろうけれど・・・た

 何を何処で誰から学びたいかをおぼろげでも持っている生徒の進学は真である。それ以外は完全に的が外れている。そういう的外れのために親は数百万の金を用意し、それで生き残っている大学がうようよしている。生徒も大学も先が見えてしまっている。

企業はそんな大卒に潤沢な社会保険を負担したり、生涯給与を2億も絶対払わない。

ボランティア斡旋とかビジネスマナー教育、挙句は高校履修内容の補習が行われている大学は高等教育機関ではない。学校も悪いがそれを受け入れてしまう生徒もダメ、お金を払って行かせる親も気の毒だな。何をどこで学びたいかハッキリしないでいたからそうなってしまう。高校時代にお勉強の過程をおろそかにしてきた非は 取り返せないくらい惜しい。

 

「合格の意味」
それは、君の学力と学びの強い意志に適合した資格のことを言うと昨日言った。
何を学びたいか、何処まで深く極めていきたいか、ここがためされている。
去年の監督の生徒で合格の報告の中で「これからが勝負です。頑張ります。」とよこしたものがいた。大学進学の本筋を捉えている。しっかり学ぼう、頑張ろうと思える環境を勝ち取りなさい。それをかなえさせれば就職など2987%心配ない。引く手あまたでいいところがきまる。世の中とてもうまくできているんだよ!


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