監督のビジネスマン時代 留学編 その2


IUJ(国際大学)は大学院だ。だから2年間で修士号をとる。毎月のように指導教授から論文指導をうける。2年目の夏から秋にかけて2か月程度海外に出て論文の資料集めや大学や研究機関を訪問するもの、交換留学に出るものもいた。断っておくけれど今のIUJは知らないよ。日本人企業派遣生は減ったから。
監督は修士論文のテーマの関係でアメリカとヨーロッパのリサイクルシステムや廃棄物管理工場、関連大学などを訪問した。それとオランダにある監督の当時勤めていた会社のヨーロッパ支店や工場を回った。事実上の世界一周だな。1か月半くらいかな。これは当然卒論のためなので会社が費用を全額出してくれた。
さて旅行日程を組んでアポをとり、そこから航空券とホテルを確保する。監督の勤めていた会社が当時JALと合弁で旅行社を持っていたので、人事部の課長(津田塾出身で女性管理職TOP)から「いい、この旅行社を使って」といわれていた。
監督はそこに電話して飛行機とホテルをすべて予約手配した。完璧なスケジュール、NYでは五つ星のマンダリンホテルを予約した。ほどなくして旅行社から連絡があり
「全部予約が取れました。あとは会社のほうとお話ししておきます。」
「どうもお手数かけました。ありがとうございます。」
関係会社同士はだからとにかくスムーズ。
数日後、尊敬して、よくおごってもらい、時にお叱りをうけていた人事課長から電話。
「あんた 一体これどういうつもり? 全行程ビジネスクラスで予約するなんて。うちの役員だってそんなことしないわよ。いくらか知っているの?」航空券が150万を優に超えていた。
「え?ビジネスになっていましたか。それは知らなかった。」
「嘘 おっしゃい!」
「申し訳ございません。」
「平社員のあんたが・・・規定を読んでいるの・・こんなもの通らないからね。いい!」
「あのう、せっかくいいスケジュールでとれたのでエコノミーとビジネスの差額を自分でだしますから行かせてください。ホテルも規定分しか出ないのは知っていますがNYは大きな会議かなんかでそこしか取れないそうです。」と間髪入れずいった。もし席が取れないと全行程が狂う。そうなったらたいへん。ダメもとだった。すごい金額が自腹になるけれどそれでもいい。長い旅になるし荷物だけでもエコノミーは不便でリスクが大きい。
あっそうそう、今の監督、お金ないよ。監督のお財布にはあっても2千円だから。こないだ中学1年生が「監督それで今月大丈夫ですか?」と心配してくれたものね。

さて「差額は自分で出す。」と間髪入れずに答えたが、その時の人事課長の短いセリフが
「そう。わかった。出すのね。ちょっと考えてみる。それで電話するわ。」
あっさりそういわれて電話が切れた。絶対通らない。「ちくしょう」という感じで部屋をでた。あきらめた。
3日ほどして電話がかかってきた。
「いいわ 全額出しれあげる。今回だけよ。あんたはほんとに・・全く」
理由は聞かなかったし、一切説明もなかった。余計なことは聞かないよ!野暮だから。とにかく奇跡だ。課長とその上の例の人事部長(ブログ11月27,28日)にお感謝感激米あられ?だったな。
「それから留学生は規定で3か月に1回会社に来て報告することになっているけれどあなた1年間一回も来てないじゃないの。アメリカに留学しているものでも年1回は本社に顔出すのに浦佐にいるあなたが来ないなんてどういうこと?いい加減にしなさいよ。」
母親か年の離れた姉のような感じでおこられた。それでも2年間1度もいかなかった。


To be continued

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