監督の新入社員時代 「挨拶促進連合会」 その2
本社フロアーにある総務部(人事部)、自分の在籍する経理部、いつもかわいがってくれる本社の営業部と駆けずり回って「挨拶促進連合会」への入会をお願いした。
「何もしていただくことはありません。ただ大きな声で挨拶を毎日していただければ・・・それだけで十分なのです。どうか私を救うため入会してください。それと近々神田の料亭でで、一杯のみながらの設立集会をやります。お金はかかりません。ご招待します。ただ・・・」
それをきいていた営業マンが「ただなに?何だよ。お前何か隠しているのじゃないの?」
「あの・・・ 部長もこられます.」
「えー!部長って人事の△○さんか?」
「はい。」
「あの△○部長といえども、わが挨拶促進連合会では一部員にすぎませんから安心してください。危害を加えません。何もしませんから。ただ座っているだけだと御本人がおっしゃっていますかから。」
実は監督はね、そういいながら苦しかった。あの部長は普通ではない。恐れられていた。年中長袖で紺のスーツ、彫り物が入っているから半袖が切れないのではという噂まであった。(それはデマ。一部上場企業の社長までなった人だから敢えて申し上げておきます。)
結局無理やり10名ほど集まってもらった。早速、神田の料亭の座敷で設立集会の夜がやってきた。今でも覚えているのは、あんなに毎日忙しい人事部長が、その日は4時半くらいから机の上を片付けはじめ、5時半になるとさっさと出ていったことだ。うれしかったなあ。冗談がわかるというより、新入社員(監督のこと)の仕掛けに真剣に合わせてくださっていたことだ。だから「挨拶促進連合会」は冗談でなく会社の公認なのだというメッセージがはっきり社内に交付される形となった。だからねえ、監督はあの人のそばで23歳から本当にいろいろ勉強させてもらったよ。今も生きていると思うな。レインボーの生徒でも監督に近い奴はこういう関係よ。迷惑かもしれないけれどな。あとでわかるさ。
宴会の夜。一同が介し、もちろん人事部長が上座で私は入り口のところで出欠をとり、料理と乾杯の手配をしながら幹事の仕事をさばいていた。いざ乾杯の段になった時、突然人事部長が
「おい お前がここにきて上座にすわれ。この会ではお前が部長だ。俺は部員だ。いいからすわれ。ここではお前が1番えらい。」といって自分は入り口のところに移動した。監督は神妙なふりをして上座に移動した。仲居さんも困っただろう。部長に「おビール何本もってきましょうか」などととても聞けないものなあ。部長が続けて
「そうだ。この会の時は俺を呼び捨てにしていいぞ!」と言い出した。まだお酒がまわっていない。真顔でね。
「本当ですか?」
「ほんとうだ。」
「本当にいいですね。」
「くどい。」
監督はね、チャンス到来と燃えて、座敷に響き渡るくらいの大きな声で人事部長に向かって「おい △○! 」と呼び捨てにした。
一瞬シーンとなった。仲居さんも周りの人たちも、まさか新入社員の監督がね、会社で1番恐れられている知る人ぞ知るこの部長を冗談でも呼び捨てにするとはおもわなかったみたい。呼び捨てにされた瞬間、部長は「このバカ」という感じでにらみつけた。「やばい」と思っていたら女性部員の面々が「ぎゃー」と笑い出して一同大爆笑となった。
「助かった。部長も笑っている」
よせばいいのに監督はね、調子に乗って「おい ビールを注いでくれ」とつづけてしまった。
「調子にのるんじゃねえ このばか」と今度は怒鳴りつけられた。ここが甘いところだったな。
9時ころお開きになってタクシーで大森方面の部長のお気に入りのラウンジへ直行。その晩も部長殿のお付き合いをして寮に帰ったら2時を回っていた。
全部本当の話。
だからね、それから20年近くたって親の介護で会社辞めるとき社長室で2人きりでしょ。お別れをいうとき辛かった。裏切ってしまったから。心底お世話になって直属ではなかったけれど人生の師だったからね。日本の会社のにおいがプンプンする?そういう時代だったのかな。そういう出会いだったのかもしれないな。
監督
本社フロアーにある総務部(人事部)、自分の在籍する経理部、いつもかわいがってくれる本社の営業部と駆けずり回って「挨拶促進連合会」への入会をお願いした。
「何もしていただくことはありません。ただ大きな声で挨拶を毎日していただければ・・・それだけで十分なのです。どうか私を救うため入会してください。それと近々神田の料亭でで、一杯のみながらの設立集会をやります。お金はかかりません。ご招待します。ただ・・・」
それをきいていた営業マンが「ただなに?何だよ。お前何か隠しているのじゃないの?」
「あの・・・ 部長もこられます.」
「えー!部長って人事の△○さんか?」
「はい。」
「あの△○部長といえども、わが挨拶促進連合会では一部員にすぎませんから安心してください。危害を加えません。何もしませんから。ただ座っているだけだと御本人がおっしゃっていますかから。」
実は監督はね、そういいながら苦しかった。あの部長は普通ではない。恐れられていた。年中長袖で紺のスーツ、彫り物が入っているから半袖が切れないのではという噂まであった。(それはデマ。一部上場企業の社長までなった人だから敢えて申し上げておきます。)
結局無理やり10名ほど集まってもらった。早速、神田の料亭の座敷で設立集会の夜がやってきた。今でも覚えているのは、あんなに毎日忙しい人事部長が、その日は4時半くらいから机の上を片付けはじめ、5時半になるとさっさと出ていったことだ。うれしかったなあ。冗談がわかるというより、新入社員(監督のこと)の仕掛けに真剣に合わせてくださっていたことだ。だから「挨拶促進連合会」は冗談でなく会社の公認なのだというメッセージがはっきり社内に交付される形となった。だからねえ、監督はあの人のそばで23歳から本当にいろいろ勉強させてもらったよ。今も生きていると思うな。レインボーの生徒でも監督に近い奴はこういう関係よ。迷惑かもしれないけれどな。あとでわかるさ。
宴会の夜。一同が介し、もちろん人事部長が上座で私は入り口のところで出欠をとり、料理と乾杯の手配をしながら幹事の仕事をさばいていた。いざ乾杯の段になった時、突然人事部長が
「おい お前がここにきて上座にすわれ。この会ではお前が部長だ。俺は部員だ。いいからすわれ。ここではお前が1番えらい。」といって自分は入り口のところに移動した。監督は神妙なふりをして上座に移動した。仲居さんも困っただろう。部長に「おビール何本もってきましょうか」などととても聞けないものなあ。部長が続けて
「そうだ。この会の時は俺を呼び捨てにしていいぞ!」と言い出した。まだお酒がまわっていない。真顔でね。
「本当ですか?」
「ほんとうだ。」
「本当にいいですね。」
「くどい。」
監督はね、チャンス到来と燃えて、座敷に響き渡るくらいの大きな声で人事部長に向かって「おい △○! 」と呼び捨てにした。
一瞬シーンとなった。仲居さんも周りの人たちも、まさか新入社員の監督がね、会社で1番恐れられている知る人ぞ知るこの部長を冗談でも呼び捨てにするとはおもわなかったみたい。呼び捨てにされた瞬間、部長は「このバカ」という感じでにらみつけた。「やばい」と思っていたら女性部員の面々が「ぎゃー」と笑い出して一同大爆笑となった。
「助かった。部長も笑っている」
よせばいいのに監督はね、調子に乗って「おい ビールを注いでくれ」とつづけてしまった。
「調子にのるんじゃねえ このばか」と今度は怒鳴りつけられた。ここが甘いところだったな。
9時ころお開きになってタクシーで大森方面の部長のお気に入りのラウンジへ直行。その晩も部長殿のお付き合いをして寮に帰ったら2時を回っていた。
全部本当の話。
だからね、それから20年近くたって親の介護で会社辞めるとき社長室で2人きりでしょ。お別れをいうとき辛かった。裏切ってしまったから。心底お世話になって直属ではなかったけれど人生の師だったからね。日本の会社のにおいがプンプンする?そういう時代だったのかな。そういう出会いだったのかもしれないな。
監督
