毎月1万を携帯に払い、3年間で36万円。 さらに失った時間は数千時間。もし君がそのタイプならばかとしかいいようがないな。大人が悪い。与えてしまえばもう戻せない。電話でなくもうおもちゃだもの。通信手段としての携帯は是だからそれは初めに断わっておくから誤解しないようにね。監督だって日本初のスマートフォンを未だに大事に持っている。不携帯電話としてな。もうそろそろかえないとなあ。すっごいポイントたまってる。
真逆の話をしてみるから少し考えてみてくれ。
 監督は家族がいるからハワイによくいく。去年最も感動したのは、子供とおなじハイスクールの女の子のフラのリハーサルを見た時だった。息子のチェロのリハーサルの合間に5分ほど合唱にあわせておどった。監督は見とれて涙があふれた。現代フラが恋をテーマにしたり、波やそよぐ風を表現していることは知っていた。これまでも本場のフラをみてきた。男性、女性のプロのパフォーマンスをね。でもこの娘のフラはちがってみえた。おどろいた。合唱隊がメインのパフォーマンスのため指揮者の立つ小さなステージに立った。だから下半身はステップを踏まない状態で、上半身だけで表現した。最初緊張を抑えるためか顔を覆ってこわばった表情を隠した。直後音楽が始まると凛とした表情になって斜め上を見据えて踊り始めた。遠くからハワイの海岸にたどりつく波、やさしく静かにうねる波, つつむようなそよ風、さわやかに香る椰子の実。愛する人を慕う思い・・・波の音が聞こえるような錯覚におちいった。二の腕から肘、そして指先まで連なる動き。まさに波、そして風をみるようだった。監督は突然涙があふれ前が見えなくなった。ほんの数分の出来事だった。
 君は携帯から得た情報で心をふるわせるようなことが数千時間をついやし、そして36万円で購入できただろうか。監督はね、なにも36万ハワイツアーに行けといっているのではないよ。今を大切にバーチャルでなくリアルに、携帯をとおしてではなく君自信の目で、そして誰もが知っている情報に執着するのではなく、自分の心にのみ響くような事実に興味を傾けてほしいと強引かもしれないがこの体験を話しているのだよ。携帯を持っていても体験はできると言うかもしれない。監督はあえていっておこう。常時、下を向いているような毎日でなにが見える!高々40㎠の画面にとらわれるような青春でなにに気づく。おふざけじゃない。それをいいたいのさ。携帯電話をすててしまえ。人生をかえたければ。
 たんなる通信手段にもどしてやれよ。電話なのだから。通信手段としての道具がいつのまのか情報獲得手段になりさらにそれを飛び越して依存症まで引き起こすaddiction 製造装置になってどうする!しっかりしろ!そういえば我が家はテレビも子供が7歳の時にやめたな。変わっているかな。まともだと思うけれどな。うちの生徒でこれまで2人,テレビをほとんど見ないという子供がいたな。不思議とその娘たちは魅力的なのだ。とても・・とっても。すごく・・すっごく。だから会ってみたいなあ。「携帯はもっていますがほとんど見ない」という子にね。
                                      監督