函館文学館を訪れたとき、石川啄木の有名な短歌に目が留まった。
東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて蟹とたはむる
蟹とたはむる?
その言葉を前にして、なんとも言えない情景がわいてきた。
というのも、私自身、海で蟹にちょっかいを出すことがある。だけど、蟹ってこちらがちょっとでも動くと「サッ」と岩陰とかに隠れるよね。
餌っぽいものを投げるとたまに寄ってくることもあるけれど、たいていコミュニーケーションは一方通行。カニ釣り用の道具とか持っていけば、一方的な狩猟と化すかも知れないが、啄木はきっとそんなことはしなかっただろう。
子供の頃は、蟹とも楽しくたはむれたことだろう。でも、大人になると、「たはむる」という言葉のうしろに、どうしようもない孤独がちらつく。
蟹は、こちらの心の内など気にしない。ただそこにいて、こちらの存在を警戒し、そして隠れる。そう考えると、この短歌の情景って、一層切ない。泣いたあと、蟹と遊ぼうとして、結局またひとりになる。
静かで、報われない時間。
でも、そんな場面をあえて歌にしてしまう啄木の感受性には、やっぱり心惹かれるものがある。