私の生きづらさ
断酒会に通うようになり1年が過ぎ、9月の4日で完全断酒8か月が経とうとしている。
断酒して最初の3か月は飲酒欲求との戦いでしたが以降は飲酒欲求も減り割と穏やかな生活を送らさせて頂いています。
主治医から10月から就活、11月から就職しても良いと言われている。
私にとっては社会復帰とはのり越えなくてはいけない大きな壁です。
壁をのり越えても大きな山が待っています。
それは幼少期からの生きづらさ。
私は小学校の時は学校では一言も喋らない子でした。
先生に指されても黙ったまま立っていた子でした。
家に帰ってもアルコール依存症で酒乱の父が居ました。
父は母に暴力を振るっていました。
毎日のように正座を何時間もさせられていました。
小学校低学年の私には苦痛でしかありませんでした。
母は兄と私を少年野球チームに入れてくれました。
しかし、私が入った野球チームは全国大会で優勝するなどの強豪チームでした。
監督、コーチは厳しく、暴力もありました。
野球は好きでしたが、チーム内では雑談が出来ずに大人しい子でした。
どこかに逃げ出したいけど逃げ場所がない
誰かと話したいけど話し方がわからない
学校でも、家でも、チームでも私の居場所はありませんでした。
父が居ない時、母と兄弟で過ごす家が楽しかった唯一の居場所でした。
小学5年の時に父は他界し、それから私は何かが開放されたように弾けました。
しかし、話し方がよくわかりません。
自分なりに、応援団長をやったり、リレーの選手になったり、帰りの会で一発芸などをやったりしてました。
話しは上手く出来ないけど目立ちたかったのです。
そして中学2年の時に酒に出会いました。
酒を飲むと陽気になり誰とでも話が出来るようになりました。
私は酒とは魔法の薬だと思いました。
そんなことでアルコール依存症になったわけです。
酒に頼るようになった原因は生きづらさがあったからです。
コミュニケーションがうまく取れない。
自分の気持をハッキリ言えない。
言いたい事を言えないので考え込んでしまう。
1人で考えても解決出来ず、落ち込んだり、イライラしたりして物や人に当たってしまう。
これは今でもそうです。
この生きづらさを変えない事には酒に手を出す危険性は大きいです。
しかし私は断酒会と巡り合えました。
例会では自分の気持を素直に言える場所です。(素直に語る場所)
私にとって例会とは素直に語る場所というよりも素直に自分をさらけ出しても良い場所です。
こんな有難い場所は他にはないですね。
仲間とのコミュニケーションも少しずつですが取れるようになってきました。
これから社会復帰という大きな壁が待っています。
多分、へこたれます。
泣きたくなるくらい悔しい時もあると思います。
文句言われてイライラしてぶん殴りたい気持ちになる時もあると思います。
しかし私には断酒会という居場所が出来ました。
仲間もたくさんできました。
例会では不要な物は吐き出す、必要な物は持って帰る
よし!!
不安3割 期待7割
┗(`・∀・´●)ガンバルョ
