アルコール依存症回復への道のり〜豊かな感情を求めて〜

私(むんむん)のアルコール依存症の回復とは幼少期からの生きづらさの克服です。
感謝の気持ち、素直な気持ち、謙虚な姿勢を忘れずに一日断酒を積み重ねていきます。


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この度当ブログを閉鎖する事と致しました。
今迄長らく私のブログを閲覧いただき感謝致します。
この度の入院により私自身過去のあやまちを振り返り思うところがあり閉鎖という決断に至りました。
たくさんの方のコメントにも勇気を頂き感謝もしておりますが此れからは仮想の世界ではない現実の世界に我が身を置き人生を前向きに確実に歩いて行く事にしました。
私にはとても大きな壁ではありますが現実というものから真正面から向き合う大切さ、生身の人間が生きて行く事の大切さ、これからも断酒を継続して新しい生き方を模索して着実に生きて行きます。
今迄応援して下さった方々に感謝し断酒を継続して頂きたく願います。
今迄ありがとうございました。

酒歴発表

私は福井県生まれですが、父の仕事の関係で小学2年まで名古屋で育ちました。
隣の家の幼馴染とよく探検ごっこして遊んでいました。
割と工場や事務所の跡地が多かったことを覚えています。
事務所に火をつけて逃げた事を今でもハッキリと覚えています。
幼馴染と遊ぶのは楽しかったですが、父の仕事の関係で千葉に引っ越すことになり車の後部座席で泣きながら幼馴染に手を振った記憶があります。

千葉の小学校に転校した私は友達が居なくて、学校では一言も喋らない大人しい子でした。
創価学会だったので、家に帰れば勤行が待っていました。
小学生の私には苦痛以外何ものでもなかったです。

父はアルコール依存症で酒乱でした。
よくワンカップを買いに行かされていました。
母に暴力を振るっていた事もあります。
父は怖い存在でした。
学校でも家でも私には居場所はありませんでした。

地元の少年野球チームに入っていましたが、全国大会で優勝するなどの強豪チームなので監督、コーチはとても厳しかったです。
練習は土曜日の学校が終わった後と日曜日にありました。
練習が厳しくて休みたい気持ちでいっぱいで、嫌々行っていた感じでした。
包丁で指切って休んだときはとても嬉しかったです。

そんな生活を送っていた小学5年生の時に、アルコール依存症の父は38歳でこの世を去りました。
父は静岡出身なので静岡まで葬式に行きましたが、悲しい気持ちは全くありまりませんでした。

父が亡くなった後に何かが開放されたように私は人前に自分から出るようになりました。
しかし、今までコミュニケーションをとっていなかった私には人と話すことが出来ませんでした。
その代わりに、リレーのアンカーをやったり、応援団長をやったり、一発芸をやったりと自分なりに人前に出るようにしました。

中学生になった私は野球部と応援団に入りました。
しかし相変わらずコミュニケーションが上手く取れずに友達が出来ませんでした。
担任の先生が帰りの会で「ようじろうタイム」作ってくれました。
1~2分一発芸をやるためだけの時間を作ってくれました。
何故、その時間を私にくれたかは覚えてませんが、毎日何をするか考えるのが好きでした。
それから友達が私の所に寄ってくるようになり話は上手く出来ませんでしたが友達が出来ました。

中学2年になりクラス替えになった私は更に友達が出来ました。
その頃からお酒を飲み始めました。
5~6人で公園で野宿をしながら酒を飲んで居ました。
コミュニケーションが下手だった私でしたが、酒話飲むと陽気になって上手く話せるようになり、酒は魔法の薬だと思ってました。
中学生だったのでバイトはできなかったので親にお金を貰って酒を買ったり、万引きして酒を手に入れていました。
私は友達と酒を飲むのが好きになり、中学3年に上がった頃には一人でも飲むようになりました。
特に、ビール、ウイスキーが好きでした。
友達に「家で一人で酒を飲む?」と聞いてもみんな「一人で飲んでもつまらない」と返されました。
こんなに美味しくて、酔える魔法の薬を飲まないなんて私には不思議でなりませんでした。
彼女が出来て、良くセックスをしていました。
その頃からシンナーも吸い始めました。
幻覚が見えたりして楽しかったです。
よく、原付バイクを盗んで夜乗り回していました。
何回も補導されましたが、懲りずに遊びまくっていました。
高校は行っても行かなくてもどちらでも良い感じだったので工業高校を一校だけ受験し、合格した私は高校へ行く事になりました。
高校に入学しましたが、働きたい気持ちが強くて一年の一学期に高校中退し、千葉の実家の近くで大工を始めました。

16歳で晩酌を始めて、始めのうちは休まずに働いていましたが2~3年すると二日酔いで仕事を休むようになりました。
仕事を休む言い訳もなくなると無断欠勤するようになり、よく先輩に怒られていました。
仕事を覚えてくると、自分より仕事ができない人を見ると「何であいつは俺より仕事が出来ないのに給料が高いんだ」とイライラしながら仕事をしては家に帰ったらヤケ酒の繰り返しでした。
ヤケ酒しては深酒して、二日酔いで無断欠勤の日々でした。

二十六歳の時はどん底でした。
アルコール依存症と診断され入院、離婚、自己破産、友達の死、私は自暴自棄になりました。
私は快楽を求めるために酒を飲み、苦痛や孤独から逃れるために酒を飲み続けました。
入退院を繰り返してアルコール性てんかんで何度も倒れ救急車で運ばれても、酒を止めることはできませんでした。

二十八歳の時には酔っぱらって傷害事件を起こして二年間刑務所に入りました。
塀の中では「今度こそは酒を止めて幸せな人生を送るんだ」と何度も思いながら、指折り出所の日を待ち望んでいましたが出所した日に我慢できずに酒を飲み、元の飲んだくれた生活に戻りました。

私は出所後パソコンを購入してネットゲームを始めました。
一日中仕事もしないで酒を飲みながらゲームをしていました。
そこでネットを通じて七年前、彼女と知り合いました。
彼女は私がアルコール依存症だということを知ったうえで交際し彼女の娘と三人で同棲を始めました。

飲んだくれの生活は変わりませんでした。
酒を飲んでいる時、私が「おかわり」と言うと彼女は焼酎を作ってくれました。
「酒が無くなりそうだから買ってこい」と言うと夜中でもコンビニまで酒を買いに行ってくれました。

そんな生活を送っていた四年前、私は酩酊状態で家中の物を破壊し、彼女を何度も殴り、二人の信頼を裏切り心と体を傷つけました。
私は逮捕されて二回目の刑務所行きとなりました。

彼女は自分の力で何とかしてあげたいと思っていたようでしたが、どうすることもできなくなり苦渋の決断で私を刑務所にいれたことがわかりました。
しかし、出所後、我慢できず、酒に手に出し二人の期待を裏切るように元の生活にもどりました。

そんな生活を送っていた一昨年、若い女の人の幻覚を毎日見るようになり体も心も疲れ、いよいよ頭がおかしくなってきたと思った私は町田のよしの病院で八回目の入院をしました。
そこで初めて断酒会に繋がることが出来ました。

今まで断酒会の存在は知っていましたが「一生酒を止めなければいけない」という硬いイメージがあった私は、断酒会には行きたくなかったです。
しかし、例会に参加してみると皆さん明るく体験談を話し、時には笑いを交えながら話していて断酒会の硬いイメージがなくなりました。
 「一日断酒」という言葉が好きでした。
一生酒を止めなければいけないと思っていた私でしたが一日断酒の積み重ねでいいのだと思ったら気が楽になりました。

しかし断酒会に繋がったからといってすぐには酒を止めることはできませんでした。三回も四回も再飲酒をして一昨年の十二月には千葉の実家に帰り連続飲酒になりましたが実家にいたら断酒は出来ない、でも酒を止めなければいけない、そのためには大和に戻らなければいけないと自分自身と葛藤し、私は離脱症状の中で一升瓶を抱えて大和に電車で戻りました。
例会に恐る恐る行くと「よく戻ってきてくれたね」と言ってくれて私は泣きながら体験談を話しました。私の居場所は断酒会しかないと思いました。

よしの病院を退院後、神奈川病院へ通院して上條先生の診察治療を受けていました。
初診では厳しいことを言われましたが二回目の診察の時にADHDの疑いがあると言われ、診察を重ねていくうちに私は注意欠陥多動性障害と診断されました。
診察では「こうしたら彼女と上手くいくのじゃないか」「なぜその時こう言わなかったのか」などと時には叱りますが楽な生き方を教えてもらっています。
先生は私にとって断酒の柱でもあり人生の先生です。私は先生を信頼しています。

断酒会でも多くの人生の先輩がいます。
断酒会ではお酒を止めさせて頂いているだけではなく、人生勉強までさせて頂いています。断酒には息抜きが必要なので遊びも教えてくれています。
私は今、回復過程に居て、日々少しずつ成長し、今こうして酒歴発表をさせて頂いているのも断酒継続が出来ているからです。
断酒は一人では出来ません。
私は多くの仲間に支えられています。
本当にありがとうございます。

今回は寂しさや社会復帰の挫折などからスリップして連続飲酒になり9回目の入院をすることになりましたが、回復へ向かって前に進んでいます。
退院後は3か月~6か月は断酒会めぐりをしながら仕事選びをしていこうと思ってます。

最後に。
私のアルコール依存症の回復とは、断酒の年数を重ねる事だけではありません。
断酒継続していくなかで、自分の根っこの部分にある生きづらさを生きやすさに変えていくことです。
そのためには断酒会にしがみついて離れません。
本当に断酒会に繋がることができて私は幸せです。
私はこれからも焦らずゆっくりとアルコール依存症回復への道を歩んでいきます。

大和つくし断酒会 倉澤陽二郎

 

最後までお読み頂きありがとうございます。 皆様にとって幸せな一日になりますように。 今日も一日断酒を積み重ねていきましょう♪
 
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皆さん、こんばんは☆

 

昨日は初めての外泊訓練に行ってきました。

 

11時に病院出て家に帰ったけど、やる事がない

 

こんなにやる事がなかったかってくらい暇でした。

 

暇は飲酒欲求の元なので昼寝。

 

久しぶりの家で一人で静かだったので熟睡。

 

病院では昼寝はしないんだけど、何故か睡魔に襲われました。

 

夕方に起きて夜は例会なので行ってきました。

 

完全に記念例会ってこと忘れてましたが(@ ̄ρ ̄@)

 

普段の例会とは違って講師の先生が講演する研修会なもので保健師さんがアルコール問題について話してくれました。

 

話をするだけではなく質問も途中に入ったりして俺的には勉強になったし、楽しかったです。

 

今は、学校でアルコール依存性の授業もやってるんですね。

 

それには安心しました。

 

俺自身、14歳から酒を飲み始めて26歳でアルコール依存性になったから未成年の飲酒はやめて欲しい。

 

14歳だからバイトも出来ないからどうやって酒を手に入れてたかと言うと、万引きか親からお金を貰ってました。

 

当然、親も飲酒していたことは知っていた。

 

俺みたいに若くしてアルコール依存性にならないように保護者の方もアルコール依存性の知識を知ってもらいたいですね。

 

昨日は仲間との雑談も出来たから楽しかったです。

 

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皆さん、こんばんは☆

 

この病院は揉め事が多い。

 

アルコールと精神が同じ病棟で同じ部屋。

 

昨日は平和だったけど今夜はどうかな(*´Д`*)

 

同じ部屋にSさんが居て、そのSさんはとても頼り甲斐があって、面白い。

 

声に特徴があって、なんか聞いたことある声だなあって思ってました。

 

プログラムで断酒会に通っていることを話したらSさんが「どこの断酒会に通ってるの?」と聞いたので「大和です」と答えたら入院する前に大和の断酒会に行ったよ~って話から、もしかして隣に座ってた人ですか?って事になってSさんも、もしかして隣に座ってた若い人って言う事になり話が盛り上がってます。

 

こんな、偶然あるんですね^_^

 

来週の火曜日には大和の特別例会にも参加してくれるそうなので楽しみです。

 

来週の火曜日は外泊で例会に参加して家に帰ります。

 

では、また。

 

 

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皆さん、こんばんは☆

 

入院生活も徐々に慣れてきました。

 

しかし、眠れない。

 

眠剤増やしてもらったけど1日3~4時間くらいの睡眠。

 

睡眠不足のせいか血圧が異常に高いし食欲も無くなってきた。

 

6人部屋で隣の人のイビキがうるさいのもあるけど、頭の中で色々考えてしまってます。

 

眠れないのは辛い(´;ω;`)

 

来週の火曜日から外泊許可が下りたので断酒会に参加してきます。

 

 

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皆さん、こんにちは。

 

神奈川県の某病院で入院することになりました。

今は閉鎖病棟で外出が出来ないから段々とイライラしてきました。

火曜日には外出出来るからもう少しの辛抱だ(>人<;)

 

入院期間は二ヶ月です。

生活保護の審査も決定して、保護費で入院してます。

 

入院する前はスリップ繰り返して連続飲酒になり食べるものも無くなってました。

 

食事は不味いけど三食食べれてます。

 

携帯は24時間使用出来るけど、充電器が使えないのであまり携帯は触れません。

 

初日は隔離室に入って離脱が辛かったけど、体調の方は回復してきてます。

 

あっ充電なくなる(´;ω;`)

充電してこないと。

 

では、また。

 

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