春は、残酷だ。
桜は咲くくせに、終わりの匂いを連れてくる。
「……余命、三ヶ月だそうだっぺ」
大広間の空気が、止まった。
誰も、すぐには反応しなかった。
いや、できなかった。
ナマズオの仮面をつけた審神者――ギョリイは、いつものようにぴょこぴょこと揺れながら、けろりと続けた。
「だからの、みんなを今のうちに他本丸へ譲る準備をしようと思ってるっぺ。美術館行きになるよりは、実体を持ったままのほうがいいっぺな」
床板が、軋んだ。
最初に立ち上がったのは、山姥切国広だった。
「……は?」
低い。掠れた声。
「何を言っている」
「だからな、オラが消えたら契約が切れる可能性があるっぺ。だったら今のうちに――」
言い終わる前に、肩を掴まれた。
「ふざけるな」
白布の奥の目が、燃えている。
「誰が、美術館へ戻るなどと言った」
その隣で、山姥切長義がゆっくりと立ち上がる。
「……合理性はある。だが前提が間違っている」
淡い水色の瞳が、静かに主を射抜く。
「余命三ヶ月、というのは確定なのか?」
「お医者さんが言ってたっぺ」
「どこの医師だ。名は」
質問が刃のように飛ぶ。
へし切長谷部は、珍しく言葉を失っていた。
やがて、
「……主」
と、震える声で呼ぶ。
「それは、冗談ではありませんね?」
沈黙。
その沈黙が、何よりも重い。
加州清光は、ぎゅっと拳を握っていた。
「……他本丸?」
かすれた声。
「俺、いらないってこと?」
「違うっぺ! 大事だからだっぺ!」
「だったら手放すなよ!!」
叫びが、空気を裂いた。
大和守安定は目を閉じ、静かに息を吐いた。
「主の意思は尊重するよ」
そう言いながら、拳が白くなるほど握られている。
「でも、僕は最後まで側にいる」
不動行光は、膝をついた。
「俺、また置いてかれんのかよ……」
鶴丸国永は笑った。
「はは……こりゃ驚きだな」
だが、金の瞳は笑っていない。
薬研藤四郎は、ただ一言。
「診断書、見せてくれ」
燭台切光忠は、何も言わずに主の肩に上着をかけた。
大倶利伽羅は背を向けた。
「……勝手にしろ」
だが、その場を離れない。
茶室から、ゆったりと三日月宗近が現れる。
「ふむ。月が欠けるというか」
誰も笑わない。
それから三日間、本丸は静かだった。
水面下で、刀たちは動いた。
薬研は医療記録を探し、
長義は契約の術式を洗い直し、
長谷部は裏の伝手を辿り、
山姥切は一人で鍛刀場に籠り、
清光は主の部屋の前に座り込み、
安定は夜通し付き添い、
行光は泣き腫らした目で見張りをし、
燭台切は栄養食を作り、
鶴丸は歴史改変の禁忌を漁り、
加羅は誰にも見られない場所で剣を振るい、
三日月は、すべてを見ていた。
そして、四月一日。
大広間に再び集められる。
主は、少し緊張した様子で立っていた。
沈黙。
まんばが一歩前に出る。
「……結論は」
ギョリイは、チベットスナギツネみたいな顔をした。
にぱっ。
「∈(👁️___👁️)∋エイプリルフールだっぺ」
時間が、止まった。
清光が瞬きもせず固まる。
行光の口が半開きのまま止まる。
長谷部の脳が処理を拒否する。
薬研が無言で三秒数える。
長義が二度、瞬きをする。
山姥切の手が震える。
燭台切の微笑みが固まる。
加羅の拳が音を立てる。
鶴丸が、ぽかんとする。
三日月が、茶を啜る手を止める。
「……は?」
山姥切の声。
「冗談だっぺ! みんながどんな反応するか――」
最後まで言わせなかったのは、清光だった。
抱きしめる。
力いっぱい。
「ふざけんなよ!!」
声が震えている。
行光が泣きながら叫ぶ。
「俺の三日間返せ!てか、三日間かけて嘘つくなよ!!」
長谷部が額を押さえる。
「主……冗談にしてよいものと悪いものがあります!」
声が本気だ。
薬研がため息をつく。
「心臓に悪い」
だが、口元はわずかに緩む。
燭台切は静かに抱き寄せる。
「本当に……良かった」
加羅はそっぽを向いたまま。
「……くだらん」
だが、肩の力が抜けている。
長義は主の顎を軽く持ち上げる。
「二度とやるな」
低い声。
山姥切は何も言わない。
ただ、主の頭を抱き寄せた。
震えているのは怒りではない。
鶴丸が、突然笑い出す。
「はははは!やるじゃないか!」
涙が滲んでいる。
三日月は、ゆるりと微笑む。
「面白きかな。だが」
金の瞳が細まる。
「月を沈める冗談は、ほどほどにな」
ギョリイは、ぐるりと皆を見る。
泣いている者。
怒っている者。
笑っている者。
肩で息をしている者。
全員、同じ顔をしていた。
“失いたくない”
それだけ。
ギョリイは、へにゃりと笑う。
「……そんな顔するなら、消えられないっぺな」
まんばが即座に返す。
「当たり前だ」
長谷部が膝をつく。
「主がいる限り、我らは在る」
清光が袖を掴む。
「どこにも行くなよ」
安定が静かに言う。
「主は主だよ」
行光が鼻をすすりながら。
「今度やったら本気で怒るからな」
鶴丸が肩を叩く。
「驚きは程々にな?」
薬研が報告する。
「勝ったな、大将」
燭台切が微笑む。
「今日は祝いの料理だね」
加羅が小さく。
「……勝手に死ぬな」
三日月が茶を啜る。
「さて。四月は始まったばかりよ」
桜が、ひらりと舞い落ちる。
主は、生きている。
それだけで。
本丸は、今日も騒がしい。
――三ヶ月は、嘘だった。
だが、刀たちの想いは、本物だった。