薩摩の本丸・入口。

そこに、ナマズオが落ちていた。

うつ伏せ。
両腕を前に投げ出し、魂がどこか遠くへ飛んでいった姿勢。

完全燃焼ではない。
完全放電だ。

薩摩の本丸の審神者――ギョリイである。

春風がひゅるりと吹き、ナマズオマスクのヒゲがかすかに揺れた。

そこへやって来た三振りの足が、ぴたりと止まる。

まんばっぺ。
薬研。
鶴丸。

沈黙。

最初に口を開いたのは、まんばっぺだった。

「……どこへ行っていた」

低い。
余計な感情を削ぎ落とした声。

地面のナマズオが、もぞりと動く。

「……りあるぜあ……」

薬研がわずかに眉を寄せる。

「現世か」

鶴丸がしゃがみ込み、主の横顔を覗き込んだ。

「ほう。俺たちを置いて?」

空気が、ひと段重くなる。

まんばっぺの声がさらに低く落ちた。

「また許可なく本丸を出たな?」

「……推し活してたっぺ」

風が吹く。

沈黙が落ちる。

薬研が深く息を吐いた。

「大将。俺たちは現世には行けねぇ」

「知ってるっぺ……」

「だから余計にだ。護れない場所へ勝手に行くな」

ギョリイの肩がぴくりと震える。

鶴丸の金の瞳が、冗談を引っ込めた。

「驚きは好きだがな。主がいなくなる驚きは笑えねぇ」

まんばっぺが一歩、近づく。

影が落ちる。

「何かあったら」

言葉は、そこで止まった。

だが続きは、十分すぎるほど伝わる。

ギョリイが、こもった声で言う。

「でも推しが……熱愛……」

三振り、静止。

鶴丸の肩がわずかに震える。

「それで単独出陣か」

「出陣じゃないっぺ!」

薬研が腕を組む。

「大将の心は今、重傷だな」

「応急処置してほしいっぺ……」

まんばっぺがじっと見下ろす。

「勝手に出て行って勝手に戻って来て、随分と都合がいいな」

「うぅ……」

鶴丸がにやりと笑う。

「で、敵は何だ」

「アナウンサーっぺ……」

薬研が吹き出した。

「なんだそれ」

まんばっぺは真顔のまま言う。

「斬れないな」

「斬らなくていいっぺ!」

鶴丸が立ち上がる。

「主、覚えておけ」

「ぬ?」

「俺たちは現世には行けない。だからな」

声が、少しだけ柔らぐ。

「主が戻ってくるのを、ここで待つしかない」

沈黙が落ちる。

薬研が続ける。

「勝手に行くな。心配させるな。倒れるなら薩摩の本丸の中で倒れろ」

ギョリイが顔だけ上げる。

「入口で倒れるなってことっぺ?」

「通行の邪魔だ」

即答。

鶴丸が肩を揺らす。

「そこかよ、薬研」

まんばっぺが無言で主の腕を掴み、ひょいと立たせる。

軽い。

不本意そうに足がもつれる。

しばしの沈黙。

そしてギョリイが、ぽつりと言った。

「でも推しの幸せは祝う方向でいくっぺ……」

三振りが一瞬、顔を見合わせる。

まんばっぺは小さく息を吐いた。

「……世話が焼ける」

その声は、わずかに柔らかかった。

鶴丸が笑う。

「ほらな。やっぱり主は騒いでる方がいい」

薬研が肩を叩く。

「次に現世へ行くときは報告だ、大将」

ギョリイは、よろよろと歩き出す。

まだちょっと重傷。
でも、ちゃんと自分の足で。

薩摩の本丸は今日も騒がしく、
そしてちゃんと、主を待っているのだった。