源清麿のいる本丸――
そこは、薩摩の本丸とはまるで違う空気をしていた。
静かで、整然としていて、無駄な賑やかしは一切ない。
審神者の男に案内され、ギョリイは一歩一歩、慎重に畳を踏みしめて歩く。
そして障子をすっと開ける。
「……そら、清麿だ」
そこにいたのは、涼やかな瞳をした青年だった。
「……?」
源清麿。
あの優しく、柔らかい眼差しのまま、少し驚いたようにギョリイを見つめていた。
「うぺぺぺぺ……オラ、ギョリイって言うっぺな!薩摩の本丸の、ナマズオ族の審神者っぺよ!!」
「ナマズオ……? えーと……ああ…ごめん、ちょっと初めてで…その、ナマズオ、が」
ぱっと笑う表情は、やっぱりどこか水心子に似ていた。
「でも、君がここに来たってことは……」
「……うん。オラは……水心子正秀の、今の主っぺ」
その言葉に、源清麿の瞳が揺れた。
「……先生が、君の本丸に……?」
「うぺぺ。今は、ちゃんとごはん食べて、お昼寝して、たまにナマズオ太鼓叩いてるっぺよ」
「……ナマズオ太鼓?」
「うぺ、ナマズオ太鼓っぺ」
ギョリイはマスクの下でぐっと息を呑む。
「水心子は……ずっと、君のことを気にしてたっぺな」
源清麿は目を伏せ、ゆっくりと話し始める。
「……先生、怒ってると思ってた。僕が、あの本丸から逃げ出したことを。……勝手に、先に」
「怒ってないっぺな!」
ギョリイは即座に否定した。
「水心子は、君の話をする時だけ、ほんとに……優しい顔するっぺ。君が笑ってるといい、ちゃんと眠れてるといい、そればっかり言ってたっぺよ」
「……先生が、そんなことを……?」
その時、源清麿の表情がふっと崩れた。
「僕、正しい刀になりたくて……でも怖くて、寂しくて、先生にも顔向けできなくて……君の本丸にいるって聞いても、きっと僕のことなんて……って……」
「じゃあ、会いに来るっぺよ」
ギョリイは、両手で小さな胸をぽん、と叩いた。
「正しいとか、正しくないとか、そんなん知らんっぺ。だけど、あったかいと感じたなら、そこが君の帰るとこだっぺ」
「……君って、変な人だね」
「うぺっ!?ひ、ひとじゃないっぺな!へ、変なナマズオ族だっぺ!!」
源清麿は、くすりと笑った。
「……君と先生が一緒にいる本丸、なんだか楽しそうだな」
「楽しいっぺよ!清光も安定も長谷部も、行光も水心子も……みんなみーんな!オラの大事な家族なんだっぺな!」
静かに立ち上がった源清麿は、障子の外を見つめて、言った。
「……君の本丸、見てみたい。先生にも……会いたい」
その一言に、ギョリイのナマズオマスクの奥で、ぱぁっと瞳が輝いた。
「うぺぇぇぇぇっ!!ほんとっぺ!?!?やったっぺぇぇぇぇ!!」
「でも、僕の主に話を通すのが先だよ?」
「もちろんっぺぇぇぇ!!オラここ最近で身につけた全力土下座があるっぺから大丈夫っぺぇぇぇ!!」
畳の上で、嬉しさを抑えきれずにぴょこぴょこ跳ねるナマズオ。
その光景を、源清麿は笑いながら見つめていた。
(先生がこの人を選んだ理由、なんとなく……わかったかも)
そして――
源清麿は、帰ることを決めた。
大好きな先生が待つ、“正しい”じゃなく“あったかい”場所へ。