その日も、薩摩の本丸の門が朝日とともに開いた。
 
「いってくるっぺぇぇぇ〜〜〜っ!!今日こそ、今日こそぉぉ!!」
元気な声に、庭で稽古していた男士たちが、複雑な顔で手を振る。
 
「……主、また……」
「……わかってるけど、見てるだけで辛くなるな……」
 
清光も、長谷部も、安定も。
そして水心子正秀も、今日はただ静かに、主の背を見送るしかなかった。
 
ギョリイが向かう先。
それは――源清麿が振り分けられた本丸。
 
そこでは、毎日同じことが繰り返されていた。
 
門前での土下座。
言葉を尽くし、想いを伝える。
しかし、返ってくるのは門の閉ざされる音。
 
それでもギョリイは、夕方になるとぽてぽてと立ち上がり、こう言って帰る。
 
「……また明日来るっぺな……」
 
そんな日々を、山姥切国広は物陰から見ていた。
ギョリイからの命令で、「見守るだけ」とされていたからだ。
 
(……なんで、そこまで)
 
本当に小さな体だ。
ナマズオマスク越しでも、ギョリイの疲れや痛みがにじんでいた。
 
けれど、その背中は折れない。
“正しい”でも“強い”でもなく――ただ、誰かを想って動き続ける審神者の背中だった。
 
その日、ついに異変が起きた。
 
正午を少し回った頃。
ギョリイの前に、本丸の門が、ゆっくりと開いた。
 
出てきたのは、源清麿の現在の主――若い審神者の男だった。
 
彼は呆れたようにため息をついていた。
 
「……お前、ほんとに、毎日来るんだな」
 
ギョリイは顔を上げない。土に額をつけたまま、声を張った。
 
「毎日でも来るっぺ!なんなら一年でも、十年でもっぺ!」
 
その背中に、男はしばらく沈黙し、それから言った。
 
「……入れ。話を聞いてやる」
 
その言葉に、物陰の山姥切国広がピクリと動いた。
 
「っ……!」
 
すぐに駆け出しそうになる足を、ギョリイの身振りが止める。
 
「来るなぺ」
 
小さく、はっきりと。
ナマズオマスクの下、その瞳に浮かぶ覚悟が、山姥切国広の心を締めつけた。
 
(……なんで、そんな顔、するんだ……)
 
ギョリイは、立ち上がり、ちいさな体で本丸の門の内側へと入っていく。
 
その背中が、まるで戦場へ向かう兵のように見えた。
 
誰にも頼らず、誰にも隠れず、“譲ってください”と願うそのためだけに、ギョリイは今、ひとりになる。
 
「……頼むから、無茶するな。……主」
 
山姥切国広の呟きは、風にさらわれた。
 
門が、ゆっくりと閉じられる。
 
ナマズオ族、たった一人の審神者、ギョリイ――戦う場所は、土下座の先だった。