「……また、来たのか」
縁側に座る影が、今日も同じ場所にあった。
水心子正秀は、呆れたように嘆息する。
が、その口調には、数日前にあったような棘はない。
「今日も、持ってきたっぺ〜!さつまおいも焼きいも追いバターと、マシュマロスイートぷちケーキだっぺよ」
「……そんなに甘いものばかり食べていたら、糖分で刃が鈍るぞ」
「そ、そうなったら……みっちゃんに相談するっぺ!」
くるくると調子よく笑うそのナマズオの審神者を、水心子はじっと見た。
(……あんなふざけた格好をして、あんなふうに笑って。どうして、私の言葉に怯えもせず、懲りもせず来るのだ……?)
自分だったら。
もし自分が逆の立場なら、無言で拒絶する相手に、何日も何にも通おうとは思わない。
それも、あんなに楽しそうに。
「なあ」
水心子がふいに口を開いた。
ギョリイは、もぐもぐしていたさつまおいも焼きを一旦ごっくんして、振り返る。
「なにぺ?」
「君の本丸の近侍……山姥切国広。彼は、君のことを見守るばかりで、介入してこない」
「うん。まんばっぺは、そういうやつっぺな」
「……そういう“やつ”?」
ギョリイは少し考えてから、ナマズオマスクの奥で目を細めた。
「オラが何をしてても、“主がやりたいなら”って言ってくれるっぺ。まんばっぺは、信じてくれてるから。ナマズオでも、ポーキーでも、クマでもな」
「……クマ?」
「気にするなっぺ!」
妙な単語が飛び出したが、水心子はそれ以上追及せず、ふ、と目を細めた。
(……信頼、か)
信じる。
そんな単語は、この旧本丸では一度も成立しなかったものだった。
あの審神者は、自分たちを「刀」としか見ていなかった。
意思も、心も、過去も未来も、ただの“戦闘道具”として。
(……それでも、俺は“正しき刀”でありたかった)
その想いを、踏みにじられた。
だが、今目の前にいるナマズオ族の審神者は、何も押しつけてこない。
ただ、くだらないことを喋って、へらへら笑って、焼きいもをくれるだけ。
それだけなのに、なぜこんなにも気になるのだろう。
心に入り込まれるような感覚が、怖い。
(私は……また、誰かを主と呼ぶのか?)
そんな迷いを、ふと横から風がさらった。
視線を横にやると、庭先の桜の木の影に、山姥切国広が立っていた。
審神者に声はかけず、ただ遠くから、じっとその背中を見守っている。
(あれが、信頼か)
水心子は、少しだけ目を伏せた。
もしかしたら、自分が信じたいと思ったその時、
この主は――それを拒まないのかもしれない。