夜の帳が降りるころ、広間には静かな気配が満ちていた。
誰もが言葉を発することなく、ただ穏やかな時間を過ごしている。
審神者が眠りについた。
刀剣男士たちはそれを見届け、各々の思いを胸に広間へと集まる。
審神者の寝顔は、安らかで――
だからこそ、誰もが余計なことを言わずに、ただ静かに考えてしまう。
「人の一生は短い。」
刀剣男士たちにとって、それは変えようのない事実だった。
どれだけ時が流れても、どれだけ愛しく思っても、人は永遠に生きることはできない。
人の一生は、あまりにも短いのだ。
付喪神である刀剣男士たちは刀壊しない限りは永遠に近い刻を生きる。
「……また明日も、元気に起きてくれるかな。」
加州清光が、ぼそりと呟いた。
彼は何気なく言ったつもりだったのかもしれないが、その言葉は広間にいる全員の胸に深く刺さる。
「当たり前だろ。」
山姥切国広が短く返す。だが、その拳は膝の上で軽く握られていた。
本当に、「当たり前」なのか?
審神者が毎日笑い、毎日ふざけ、毎日彼らと共に過ごすこと。
それは、彼らにとって何よりも大切な日常だ。
だが、それが “ずっと続くものではない” ということを、誰もが知っている。
「……主の寝顔を見ると、どうにも複雑な気分になるな。」
へし切長谷部が腕を組みながら言った。
忠義を誓う者として、主が眠ることさえ愛おしいはずなのに、それがどこか「儚いもの」に思えてしまうのは、なぜなのか。
「人は夢を見て生きるが、俺たちは夢を見ずに生き続ける。……なんとも、不思議なものだ。」
三日月宗近が微笑む。
彼の言葉に、鶴丸国永が肩をすくめた。
「俺は夢を見られるなら見たいけどな。特に、主がいるこの時間の夢を。」
「……どうせ、気づいたら消えている夢じゃないのか?」
不動行光が、ポツリと零す。
その言葉に、誰も何も言えなかった。
確かに――
彼らにとって、審神者がいるこの時間は「夢」のようなものなのかもしれない。
だが、その夢は、いつか覚める。
主は生き物だ。
永遠には生きられない。
「……そんなことを考える暇があったら、主を守ることだけ考えればいいんじゃないか?」
山姥切長義が冷静に言う。
だが、その言葉には、彼なりの強い思いが込められていた。
「俺たちは刀だ。ならば、主の命が尽きるその日まで、そばにいるのが役目だろう。」
そうだ。
どれだけ悩もうと、どれだけ恐れようと――
主が眠りにつき、目を覚ます限り、彼らはその隣にいる。
いつか遠い未来、主がこの世を去る日が来ても。
その日が来るまで、ただ主を守るのみ。
「……ま、主はしぶといからな。」
薬研藤四郎が、口の端を上げる。
「そう簡単にくたばるタマじゃねぇよ。」
その言葉に、ふっと皆の空気が和らいだ。
「そうだね。主はしぶといし、何より楽しいことが好きだから。僕たちが暗い顔をしてちゃ、きっと怒られるよ。」
大和守安定が小さく笑う。
その時――
奥の部屋から、寝言のような声が聞こえた。
「むにゃ……ナマズオ先輩……ぺよい……」
広間が、静かな笑いに包まれる。
「ほらな。」
加州清光が肩をすくめた。
「まったく……主は、主だな。」
へし切長谷部が、少しだけ表情を緩める。
「なら、俺たちはいつも通りでいい。」
山姥切国広が、静かに呟く。
「……そうだな。」
誰かがそう答え、広間には再び穏やかな沈黙が戻った。
主が眠る夜。
刀剣男士たちは、それぞれの想いを抱きながら、その寝顔を守る。
どれほど短くとも、どれほど儚くとも。
審神者が生きる限り、彼らは審神者の隣にいる。
それが、彼らが選んだ「今」の在り方なのだから。