ある日の夕暮れ。
本丸の庭で、大倶利伽羅は刀の手入れを終えたばかりだった。
空には橙色の光が差し込み、風が静かに吹いている。
そんな穏やかな時間の中、燭台切光忠が声をかけた。
「最近、楽しそうだね」
大倶利伽羅は、一瞬だけ手を止めた。
「……は?」
「その顔、前より柔らかくなった気がするよ」
燭台切光忠は、にこやかに言う。
大倶利伽羅は思わず眉をひそめた。
「何の話だ」
「何って、君のことだよ。前までは『馴れ合うつもりはない』って感じだったのに……最近はよく構ってあげてるじゃないか」
「……」
言われて、大倶利伽羅は考えた。
——そういえば、最近妙に馴れ合っている気がする。
サメ、いもむし、ちょうちょ、カブトムシ、タコ……。
「……違う」
大倶利伽羅は、否定するように首を振った。
「俺は別に、楽しんでいるわけじゃない」
「でも、毎回助けてあげてるよね?」
「……放っておくと、あとが面倒だからだ」
「ふふっ、言い訳が苦しいね」
燭台切光忠は微笑んだ。
「それに、ギョリイ君が楽しそうだと、君もまんざらじゃなさそうに見えるよ」
「……」
まさか、そんな風に見られていたとは。
大倶利伽羅はしばらく黙った。
確かに、ギョリイと関わる時間は増えていた。
気づけば、何かしらの着ぐるみで転がっているギョリイを拾い、構い、馴れ合ってしまう日々。
(……俺は、本当に楽しんでいるのか?)
答えが出ないまま、大倶利伽羅はため息をついた。
「……くだらない」
「そう?」
燭台切光忠は、くすっと笑いながら立ち上がった。
「でも、君がそうやって笑ってるのを見るのは、僕も嬉しいよ」
「俺は笑ってない」
「そうかな?」
燭台切光忠は肩をすくめて、本丸の方へ戻っていった。
残された大倶利伽羅は、刀を磨きながら、ふと遠くを見つめる。
楽しそう、か。
その言葉が、思いのほか胸に残っていた。
そして翌日——。
「……今度は何だ」
庭に巨大なペンギンが転がっていた。
大倶利伽羅は、もうため息すらつかなかった。
ただ、ほんの少しだけ——口元が緩んだことに、誰も気づいていなかった。