仕事の引き継ぎ ☆
新年、2011年1月3日の早朝6時
夜行バスで実家から東京に戻った私は、その足で会社に向かった。
年始休暇中だったが、年末の仕事が山ほど残っていたから。
12月は本決算。これからもっと忙しくなるのは目に見えていた。
1月7日
9時に予約をした外来の診察に行く。
結局、大学病院での細胞の結果がでなかったので、
腫瘍の一部を取りなおして再検査することになった。
腫れも大きくなっているので、細胞を取りやすくなっているとのこと。
ほっぺや歯茎に麻酔をかける。
細胞を取った時の「ボリッ」とした感覚。
かなりの大きさで取ったのか、
口の中の腫れも小さくなり、前よりすっきりして楽になった。
ただその日の午後は、
我慢できる程度だけれど前回にはなかった痛みが残った。
それから、
主治医のU先生は、"来週から入院できる?"と私に聞く。
"え?来週?"
私は一つ返事で答える。「先生、無理です」
昨年の7月から、
私が在籍している会社のほぼ全員が親会社に出向になった。
私は、親会社経理のグループリーダーである上司から、
子会社の取りまとめやその他諸々の仕事を引き継いだが、
その上司は秋に海外へ転勤。
自分の在籍している子会社の経理も含め、
私の仕事は私しかわからない仕事ばかり。
癌だとわかっても、
それを放り投げて入院することなど私の選択肢にはなかった。
悪性だとわかる前から、入院をするのはわかっていたけど
早くても2月の中旬でないと仕事の引き継ぎが間に合わない。
しかも入院期間によって、引き継ぐ仕事量も変わる。
「先生、入院期間はどれくらいですか?」
「う~ん。1ヶ月から3ヶ月くらい」
上場会社の割には、経理の人数も少なく、
時期的なこともあり、誰かに引き継ぎが出来る状況ではない。
「先生、2月の中旬の入院だとどうなりますか」
先生は即答する。
「手遅れ」
手遅れか・・・(笑)
結局、仮という形で
2週間先の1月24日の入院まで待ってもらえることになった。
検査の結果(病名)が出ないことには、治療方法も決まらない。
抗がん剤なのか、放射線治療なのか、、、
大好きなAさんのライブが、1月25日と26日、
2月の頭にはツアーの最終日も待っていたけれど
もう行けないだろうことは、以前より何となく心の中でわかっていた。
その日の午後
「下顎癌」と書かれた診断書を会社の上司に提出する。
他からの転移って話はなくなったのか?と聞かれたけれど
そういえば、大学病院ではそんな話だったなとその時初めて気づく。
おそらくU先生の目からすれば、癌であると結果が出ている以上
下顎癌なのは明らかだったのだろう。
引き継ぎ期間は2週間。
12月の本決算も終わらせなければならない。
毎日終電まで仕事をし、休日も出勤している私に、
ついに上司(役員)が定時に帰れと命令を下した。
業務の振り分けは決まったものの、
メンバー全員が終電で帰っているような状態で
どうやって定時に帰ればいいのか見当もつかない。
上司に、今抱えている仕事の状況を説明する。
日常の諸々の仕事と、業務の引き継ぎにも準備があること。
私とその上司しか引き継いでいない仕事もあり、
スキルが足りないことで時間がかかること。
一通り説明した後で上司が言った。
「土日に出て一緒にやろう」、、と。
この数ヶ月の労働で、体は限界に近かった。
12月は、会社を出てから、ファミレスで仕事の宿題をした日もあった。
それでも、有難い上司の言葉に私は礼を言う。
次の外来診察の予約は、2週間後の21日。
その翌週の24日から会計監査が始まるため
21日までには決算を終わらせなければならなかった。
その前に抜け出せる日は、1日たりともない。
休職に入るまでに最低限の引き継ぎは何とか終わらせた。
今の時代はメールがあるから、入院後もメールでのやりとりはできる。
結局、新年1月1日から23日までの間に、終日休めた日は3日間。
正月の2日間と3連休のうちの1日だけだった。
------------------------
2011年1月下旬~11月19日(歯医者)
2010年11月30日~12月28日(大学病院)
2010年12月28日~(癌センター/現病院)
夜行バスで実家から東京に戻った私は、その足で会社に向かった。
年始休暇中だったが、年末の仕事が山ほど残っていたから。
12月は本決算。これからもっと忙しくなるのは目に見えていた。
1月7日
9時に予約をした外来の診察に行く。
結局、大学病院での細胞の結果がでなかったので、
腫瘍の一部を取りなおして再検査することになった。
腫れも大きくなっているので、細胞を取りやすくなっているとのこと。
ほっぺや歯茎に麻酔をかける。
細胞を取った時の「ボリッ」とした感覚。
かなりの大きさで取ったのか、
口の中の腫れも小さくなり、前よりすっきりして楽になった。
ただその日の午後は、
我慢できる程度だけれど前回にはなかった痛みが残った。
それから、
主治医のU先生は、"来週から入院できる?"と私に聞く。
"え?来週?"
私は一つ返事で答える。「先生、無理です」
昨年の7月から、
私が在籍している会社のほぼ全員が親会社に出向になった。
私は、親会社経理のグループリーダーである上司から、
子会社の取りまとめやその他諸々の仕事を引き継いだが、
その上司は秋に海外へ転勤。
自分の在籍している子会社の経理も含め、
私の仕事は私しかわからない仕事ばかり。
癌だとわかっても、
それを放り投げて入院することなど私の選択肢にはなかった。
悪性だとわかる前から、入院をするのはわかっていたけど
早くても2月の中旬でないと仕事の引き継ぎが間に合わない。
しかも入院期間によって、引き継ぐ仕事量も変わる。
「先生、入院期間はどれくらいですか?」
「う~ん。1ヶ月から3ヶ月くらい」
上場会社の割には、経理の人数も少なく、
時期的なこともあり、誰かに引き継ぎが出来る状況ではない。
「先生、2月の中旬の入院だとどうなりますか」
先生は即答する。
「手遅れ」
手遅れか・・・(笑)
結局、仮という形で
2週間先の1月24日の入院まで待ってもらえることになった。
検査の結果(病名)が出ないことには、治療方法も決まらない。
抗がん剤なのか、放射線治療なのか、、、
大好きなAさんのライブが、1月25日と26日、
2月の頭にはツアーの最終日も待っていたけれど
もう行けないだろうことは、以前より何となく心の中でわかっていた。
その日の午後
「下顎癌」と書かれた診断書を会社の上司に提出する。
他からの転移って話はなくなったのか?と聞かれたけれど
そういえば、大学病院ではそんな話だったなとその時初めて気づく。
おそらくU先生の目からすれば、癌であると結果が出ている以上
下顎癌なのは明らかだったのだろう。
引き継ぎ期間は2週間。
12月の本決算も終わらせなければならない。
毎日終電まで仕事をし、休日も出勤している私に、
ついに上司(役員)が定時に帰れと命令を下した。
業務の振り分けは決まったものの、
メンバー全員が終電で帰っているような状態で
どうやって定時に帰ればいいのか見当もつかない。
上司に、今抱えている仕事の状況を説明する。
日常の諸々の仕事と、業務の引き継ぎにも準備があること。
私とその上司しか引き継いでいない仕事もあり、
スキルが足りないことで時間がかかること。
一通り説明した後で上司が言った。
「土日に出て一緒にやろう」、、と。
この数ヶ月の労働で、体は限界に近かった。
12月は、会社を出てから、ファミレスで仕事の宿題をした日もあった。
それでも、有難い上司の言葉に私は礼を言う。
次の外来診察の予約は、2週間後の21日。
その翌週の24日から会計監査が始まるため
21日までには決算を終わらせなければならなかった。
その前に抜け出せる日は、1日たりともない。
休職に入るまでに最低限の引き継ぎは何とか終わらせた。
今の時代はメールがあるから、入院後もメールでのやりとりはできる。
結局、新年1月1日から23日までの間に、終日休めた日は3日間。
正月の2日間と3連休のうちの1日だけだった。
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2011年1月下旬~11月19日(歯医者)
2010年11月30日~12月28日(大学病院)
2010年12月28日~(癌センター/現病院)