空よりも天高く -48ページ目

愛された記憶


幼少の頃、近所に住んでいた一家が
私のことをとても可愛がってくれた。

頭のよい紳士なおじちゃんと、
いつもほがらかに笑っているおばちゃん
私よりだいぶお姉さんのFちゃんと
3つ上のT君。

いつもみんなの後ろを追っかけては
家族ぐるみで、おつきあいをさせてもらっていた。

たぶん自分の家より、居心地がよかったのだろう。
昼間は、しょっちゅうそのお家に入り浸り
”次女"と称されるまでになった。



私が小2の時、その家族が海外に転勤になった。

別れというものをわかっていたのか、
わからずにその日を迎えたのかは定かでないけど
空港に向かう車を、視界から消えるまで見送っていたのを
今でも鮮明に覚えている。


それから十数年たって、一家は日本へ帰ってきた。

海外を転々とした後、定年を迎え、
子供たちも仕事や結婚でそれぞれの生活をし、
ご夫婦は、ここからそう遠くない場所に住んでいる。

何年かに一度、思い立ったかのように
ご自宅にお邪魔はしてはいたのだけれど、
月日がたつのは早いもので
前回遊びに行ったのはいつのことだろう。



だんだんと
日差しが春めいてきた先週、電話をした。


電話に出たおじちゃんに、
「次女のガオです」と言うと、

「久しぶりだね~」と嬉しそうな声が返ってきた。

「お元気ですか?」と聞くと
「まあまあかな、年だからね」と。


そして今日、そのご夫婦に会ってきました。


久しぶりに見たお二人は、
前に会った時と変わらず、顔色もよく元気そう。
(ちょっと心配していたので一安心)


ご夫婦の金婚式の写真を見せてもらったり
正月に撮った我が家の家族写真を見せたり、、
しょっちゅう会っていたのは子供の頃の話なのに
家族のような安心感。

前回も同じようなことを話しただろう昔話に
また花を咲かせる。


私の病気のことも話した。
電話でも伝えてはあったので、驚きはしなかったけれど
もっと前に伝えていたなら、とても心配したことだろう。
元気な今を見せられて良かった。


*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*--*  


おばちゃんが、席を離れた時
おじちゃんがそっと小声で私に言った。

「おばちゃん、ちょっとおかしいでしょ。認知症なんだ」



"どこに住んでるの?"
"まさか、GAOちゃんとこんな話ができるとは
 思いもしなかったわぁ"

私がいる間に、10回以上出てきた言葉だった。


ケーキを冷凍庫にしまいそうになるおばちゃんに
そこは駄目だよと、おじちゃんが教える。

私がプレゼントした写真を、大事に棚にしまったおばちゃん。
後でおじちゃんが写真を探していたので、
私が場所を教えたけれど、
きっとおばちゃんは覚えてないだろう。

料理上手だったおばちゃんは、
最近は料理もしなくなり、
お惣菜を買ってきているのだそうだ。

終始おばちゃんは、
昔と変わらない"ニコニコ顔"で笑っていた。


近くにいるのだから、
電話をくれればいつでもまた会いに来るからね、と言って
まだ日も明るい夕刻、私はご夫婦の家を出た。



会おうと思えばいつでも会える。

でも人は、時間に追われ
知らないうちに月日がたってしまうのだろうか。

一生のうちに会える回数って何回なんだろう。


帰りの電車から見える横浜の夕焼け
少し離れただけで、こんなにも空は広かったのかと思う。

それか、ただ私が、

都会の昼の景色を
ちゃんと見ていなかっただけかもしれないな。



そして先ほど、
おじちゃんからとても丁寧なお礼のメールと
前回会った時の写真が送られてきた。

それは、十一年前の日付だった。


幼少の頃の記憶というのは、なかなか忘れないものだけれど
あの頃の愛情もまた、ちゃんと心と体に刻みこまれている。