同棲→結婚→未熟児出産(暴走系)→離婚日記 -37ページ目

同棲→結婚→未熟児出産(暴走系)→離婚日記

3年間のうちに同棲、破局、復縁、妊娠、結婚、出産、離婚を経験してしまいました。

暴走系専業主婦の、育児日記、新婚日記、お弁当日記、姑日記・・・

出産が無事終わり病室に運ばれる。

お母さんががんばったご褒美にイチゴを買って来てくれた。


ミニムニが下の階の新生児集中治療室(NICU)に運ばれる前に

保育器に入れられた状態で対面できたらしい。


怖くて見れなかった

とか言っていた。

それくらい小さい女の子でした。


お母さんに


「ちゃんと全部ついてたよ」


って聞かされてよかったーって思った。

とりあえず寝なさいって言うから寝ようとするけど

いろいろ考えてしまって全く眠れない。


思えば、昨日のよるから一睡もしてない・・・


でも眠れない。


数時間後、ヤエバがようやく到着。


いきなり泣きながら


「よくやった、ありがとうっ」


って手を握られた。


感動屋さんだよこのひとホントになんておもいつつ、

つられて涙がまた出ちゃったよ。


お父さんが来たのでNICUに赤ちゃんを見に行くことになった。

あたしは車椅子で(ミニムニが出てきたところが相当痛いので)

下の階に。


生まれてから赤ちゃんをちゃんと見るのは初めて

ヤエバは会うの自体が初めて。




保育器の中のミニムニは、

鼻からチューブを入れられて

口には呼吸器つけられて

左足には点滴、

右足にはセンサーをつけられ

両手にも採血のあとや、

胸には小さなセンサー

とりあえずいろんなものがつけられてた。


こんなに小さいのにこんなにいろんな物つけられて、

注射もいっぱいされて、痛かっただろうなとか

思ったらまたどうしようもなく泣けてきた。


こんなにも大変な状況にしてしまったのは

あたしなのかなと思っちゃってもう悲しかった。


小児科の先生にいろいろ説明されるけど

全然頭に入らないし理解できなかった。


つい最近偶然みかけた500gで生まれた未熟児日記を思い出した。


「未熟児を生んでしまった辛さ」


って書いてあった部分を思い出した。

まさか自分がその気持を味わうなんて。


その赤ちゃんはすごく元気に育って今はもう6歳ってことも思い出した。

でもいろんなものに繋がれまくってる自分の赤ちゃんが

丈夫に育つかどっちかというと、

その時は、悪い方にしか考えられなかった。


夜お母さんも、ヤエバも帰って、

一人病室でずっと泣いてた。


生まれたての写真やNICUに移されてから

撮ってくれた写真をくれてたんだけど、

その写真を見るたびに理由も分からず涙が出た。


ずっと、めそめそさんでした。


おめでとうって言われても複雑。

かなり後ろ向きになってたと思う。

素直に喜べなかった。


その日の夜、また一睡もできなかった。

もう丸二日寝てないや・・・




陣痛抑制剤を止めてからみるみる陣痛は強くなる。


うぅ痛い・・・


とりあえず定期的に生理痛(二日目)の

10倍くらいの痛さが襲ってくる。


なんだかもう泣いてる暇もない。


とりあえず、痛い・・・


昼ごはんを看護婦さんが持ってきてくれた。


食べられるわけないよ・・・

と思ったけどおかずだけ食べてみた。

ササミカツでした。


生むと決まってからもう腹をくくるしかないと思った。

心臓の音がどくどく聞こえてるのでミニムニは大丈夫って思えたし。


実家からようやくお母さんが到着。


「今から生むらしい」


と伝えたらえぇーーって驚いてた。

そりゃあそうだよね・・・。


もちろん未熟児(低体重出生児というらしい)


初めての娘の妊娠で、初孫でほんとうにびっくりしただろう。

次から次へとあたしはほんとうに心配ばかりかける娘だわ。


ヤエバからも電話があり

涙をこらえているような声で


「大丈夫。がんばって生めよ。俺らの子供だから大丈夫」


自分に言い聞かせてるんだろうなあとか思った。



陣痛がひどくなってきたので、

とりあえず内診してみることになった。


車椅子で分娩室へ。


そこでお腹にまた赤ちゃんの心臓をチェックする

機械をつけた。


看護婦さんの顔が青ざめる。


「ラディーだ。先生を呼んで!」


たぶんラディーと言った。


ラディーってなんなの!?


って思いつつ先生が来た。

赤ちゃんの心音が弱っていたらしい。


「すぐに分娩します」


えっすぐにですか・・・


鼻に酸素を流す管みたいのをつけられる。

分娩用の病院のネグリジェみたいのを広げられる。

なぜか靴下は脱がしてくれない。


靴下だけはいてる・・・・

なんかまぬけ・・・


「いきみたくなったらいきんでね」


いきみたいってよく分からない。

いきむってどうやるの?


「トイレで大をする時のように力を入れて!」


えっそーなの??


急激に痛くなる腰とお腹・・・


ちょっと内診に行ってくるって言われたお母さんは

あたしが分娩してるなんて知らずに病室で待っていた。


「んぅううぅ-!!!!」


と声を出して力を入れたら


「頭見えてきたよ!」


えっもう見えるの?

1回しかうーんってやってないよ・・・


「がんばってもう少しだから」


何回か(たぶん2、3回)うーーーんていきんだら、


先生「そうはくそうはく!!そうはくです!」


って叫んでて


そうはくってなに?


って思ってたら


「次で生みます!」

「だれかお腹押して!」


どうやらそうはくっていうのはやばいらしい。


「あたしが押すわ!」


と看護婦さんがアタシの上にまたがり

いきむのと同時にお腹をおもいきり押した。


「うううぅーーん!」


とりあえず痛い!!!

もういやだってちょっと思った。笑


「ちょっと切ります!」


あたしがいいよという前に先生はあたしのあそこを切りました。

陣痛の痛さで切られても痛くないってよく言うけど、

あれは本当だった。


切られる音だけ聞こえてそれは怖かった。





それと同時にミニムニ誕生。


「ほぎゃあほぎゃあ」


と弱弱しくも産声をあげました。


感動してなくと思ってたけれど、

よく分からない状態で涙は出ませんでした。


すぐにミニムニは先生に検査されて

あたしはミニムニが無事かどうかばかり気になっていました。


そんなのはおかまいなしに、

先生は胎盤を取り出そうとしていてすごい痛い・・・

部分麻酔の注射も痛い・・・


ちくちくしてたら、


「赤ちゃん胸に乗せますよー」


って赤ちゃんがあたしの胸の上に置かれた。


小さい。


小さくてあったかいものが

あたしの胸の上で動いてました。



小さいから体温の調節がうまくできないらしく、

サランラップをぐるぐる巻きにされたミニムニが動いてました。


手も足も大丈夫?ってくらいぐねぐねしてて、

意味の分からないうちに写真取られて


「お母さんぶさいくだからもう一枚!」


って何枚も撮られました。


先生は相変わらずミニムニが出てきたところに注射をしていて

痛いし、ミニムニ抱いて感動してるし、意味が分からないけど、


あー無事に生まれたっってほっとした。


病室でちょっと内診してきますという言葉を

信じて待っていたお母さんは、


「おめでとうございます。かわいい女の子生まれました!」


と聞いてこれまた驚いたらしい。


分娩室に入ってから30分経っていませんでした。


そうはくというのは、早期胎盤剥離の略語で、

妊娠中毒症の最悪の状態です。

胎盤がはがれちゃって赤ちゃんに酸素も栄養も全く

行かなくなっちゃうらしいです。

それが分娩と同時に起こったので、めちゃ焦ったらしい。


でも自然分娩で産めたことほんとに良かった。

いつも行っている病院から救急車で20分。

搬送先の病院に到着。


すぐに搬送先の病院で内診、超音波検査を受ける。


そこで驚愕の事実。


先生「○○産婦人科(いつも行っていたとこ)では、

推定体重1500gって言われたけれど今検査したら1100gくらいですね」


超音波検査に誤差はつきものらしいけど、

400gも違うなんて。


先生「30週なんで早産になっても問題ないと思いましたが、

ちょっと小さいので少しでも胎内にいた方が赤ちゃんにいいと思います。

だから、陣痛を止める処置をします」


ショック。


週数相当に順調に育ってますって毎回言われてたのに。

超音波の機械の違いとか、計算方法が違うとかなんだろうけど。

ショックすぎる。


もし陣痛が止まらなくて生まれちゃったらどうなるの?


家族がすぐに来れないからあゆみネエが来てくれた。

姉御肌のあゆみネエはいつもあたしのお姉さんのような存在。

あゆみネエに「大丈夫だよ」って言われてあたしはまた泣いた。


朝からずっと、泣いてばっかりだ。

こらえてもこらえても流れてくる涙。

とりあえず怖くて怖くて、


とりあえず点滴をしてもらって病室へ。


ミニムニになんかあったらどうしよう。


休みもなく働いていたから?

体重管理ちゃんとできなかったから?

親にわがままばっかり言ってたから?


子供の頃、お菓子万引きしたから?

付き合ってる人いるのにほかに好きな人できたから?


いままでやった悪いことの罰なんか?


あほなことばっかり考えてしまいました。


「あたしは死んでもいいからミニムニは助けてください」


そう思いました。


「どっちも無事ならあたしはすごい優しい人間になります」


とも思いました。


集中治療室で、陣痛抑制の点滴を始めて

お腹には機械をつけてミニムニの心臓の音をチェックし続ける。


ミニムニの小さい心臓の音はどくどく元気に鳴っていて

それだけがとっても心強かった。


でも、


陣痛の間隔は長くならない・・・

お腹の痛さも痛いまま・・・


そこで先生登場。


先生「生まない方向で処置しましたけど、

点滴効かないので今日今から生みましょう!」


えっ生むの・・・


点滴をとめて陣痛が強くなるのを待つことに。


1月21日(土) 陣痛 


今日はヤエバは出張。

あたしは会社にいかなくちゃいけなかったのですが、

寝坊して結局昼過ぎに会社に到着。


仕事がめちゃめちゃいそがしいのに、

昼過ぎに行ったから夜八時くらいまで仕事した。


同僚と外で食事して帰宅。

夜、家についたらけっこう遅い時間だったので、

すぐにベッドへ。


寝ようとしたのだけど、

なんかお腹が張る。


よくあることなので、体を横向けにして様子を見る。


今日はなかなかお腹の張りが収まらない・・・


んーー。


妹から電話がかかってきて

むだな話をいっぱいしてとっても盛り上がった。

お腹の張りも気にならなくなったので、寝ることにした。


なんだか動悸がすごい激しい・・・

眠れない。

お腹もやっぱり張っている・・・

おかしいなあ。


ちょっと不安になってきた。


夜中3時。

未だに眠れない・・・

相変わらず動悸が激しい。

お腹も張ってる気がする。


すぐに病院に電話すれば良かったのだけど、

怖くてできなかった。


大丈夫なんともないすぐに収まるって思いたかったと思う。


朝6時、お腹の張りは全然収まらないうえに

トイレに行ったら出血。


もう無理だ。


すぐに病院に電話する。


「すぐに病院に来てください」


やっぱりか・・・タクシーを呼ぶ。

なかなか朝から来てくれるタクシーがない・・・

どうにか来てくれるタクシーを見つけて、タクシーが来るのを待つ。


出張中のヤエバに連絡する


「お腹痛いから、今から病院に行ってくる」


めちゃ寝ぼけているヤエバは


「分かった」


だって。なんでそんなあっさり!!

とか思ったけどそんなこと言ってる場合じゃないので

タクシーで病院へ。


お腹は、張っている状態から、痛いに変わっていた。


タクシーに乗ってはっと気づいた。


もしかしてこれって陣痛???


母親学級もなんも受けていないあたしはこの痛みが陣痛だって

全く気がつかなかった。


痛みの間隔を計ってみる。


10分おき・・・


病院に到着。

すぐに内診。

いつもの先生じゃなく当直の違う先生。


先生「あーこれはいけない、子宮開いてる」


先生「ここでは早産になったとき対応できないから、

搬送先を探すからね。」


看護婦さん「大丈夫だからね」


やさしい言葉を聞いたとたん泣けてきた。

どうしたらいいか分からない・・・

不安でいっぱい。


実家とヤエバに電話する。


「今から違う病院に運ばれることになったから」


ヤエバは仕事で夕方までどうしても帰れない。

お母さんは広島から大阪まですぐに行くって言ってくれた。


ヤエバとお母さんの声を聞いたらまた泣けてきた。


搬送先の病院が決まり、

付き添いの家族がいないので看護婦さんが着いてきてくれた。


あたしは生まれて初めて

救急車に乗った。




心配してくれたみんなほんとにありがとう。


なんと、

1月22日(日)午後2時2分

女の子を出産!



体重986g 身長35cm 頭囲27cm 胸囲21.5cm


ほんとうにミニムニでした。



またゆっくり更新します。

いろいろあって、ほんとにとってもたいへんでしたぁー。笑


でも母子共にとっても元気です。


まずはご報告まで。