腐ったトマトは捨てればいい。
いらないものを徹底的に捨てて、使えるものを徹底的再生し残すのだ。
部屋にはガラクタや買ったけど結局数回しか使わないものが存在する。
そのジャンルは多ジャンルに及び、小さなリサイクルショップでもあり見方を変えればただのゴミにも見える。
そしてそのゴミを見つめていると咄嗟に手が動き、ゴミに対して緑、黄色、黒のジャマイカカラーのガムテームを張ってみる。そしたら今すぐにでもゴミ箱行きだったはずのゴミに今まで以上に愛着がわき命が宿り吹き返してくる感覚になるのだ。
そうしていくつものゴミの命を何倍にも強くさせて再生してきた。
いわば私はゴミをジャマイカ代表として現場復帰できるコーチャーである。
今年11月をもって30年生きたことになるが、明らかに変わったことは10年前の20歳の自分と比べてガラクタを買わなくなったということだ。つまり今部屋にあるガラクタ及びゴミは20代の時に買った貯金が部屋にあるだけでつい最近買ったものはほとんどない。物だけではない。海外にいっていろんなところを徘徊しているが海を越えてもやることは日本と同じである。世界で有名な建築物であっても全く興味が持てないし、ただ山奥の自然の中にいると心が安らぎ深呼吸したくなる心地よい感覚に陥る。食だって何でもいいわけでもない。服装だって、クラブは別に好きじゃないし、キャバクラだって金を投資したいと思わない。都会より辺境の地や田舎の方がよっぽど好きだ。基本的な生活スタイルは日本と何ら変わりはない。よく海外へいくと価値観は変わると言うが自分の経験からそれはほとんどありえないことだと思う。たかが旅行で価値観が変わるほど人間は弱くない。日本にはインプットする情報がいたるところにある。道を歩いて見える看板や電車のつり革、テレビから聞こえる報道や映像。夜になると海外は真っ暗になるのに日本は常に街頭などは光に照らされ情報を見てくれインプットしてくれと言わんばかりである。海外はインプットする時間帯とアウトプットする時間帯がつくれる場所でもある。移動するバスの中、もちろん中刷り広告や外の景色を見ていてもまず文字は読めない。いわば文字も模様である。もちろんアナウンスもうるさいだけで何を言っているのかわからない。いわば言葉は音楽である。それもだたの景色や模様、音なだけであって情報ではない。だからバスの中でインプットしたことを整理し、自分がどうゆう人間なのかについてひたむきに考える時間がもてるのだ。だから何かに気づくことはバスの中が断トツで多かった。バスの時間がない=考える時間がない。と思うとゾッとする。情報が多すぎてパニックするんじゃないかって。
バスの時間があったからこそ今の自分がコントロールできるということでもある。
明らかにこの10年で変わったことは自分に必要、不必要を選別するのがうまくなったことである。しかも直感的に。
今自分に不必要なゴミを捨てても他人にとっては必要な物かもしれない。
だったら自分の部屋にあっても仕方がない。
お金の流れをよくするためには貯金することでなく使うことであるように、自分にとって不必要であるならば自分の家の中に溜め込むのではなく外にだすことである。
そしてさらに、捨てないと自分にとって必要なものは入ってこないってことだ。
合う合わないは、必要か不必要かと同じ。
そして、全て物においては消費期限があるということを知っておかなければならない。
読み古した本があればいつまでも家においておくのではなくあげるか売るかしたらいい。そしたらまた違う誰かがその本を買い、その本の消費期限が始まる。そしてまた新しい本と自分は出会う。
テレビ番組で昔 岡本太郎のご自宅訪問をやっていたさいに、庭にあった何百万とする壷を これもまた高価な壷ですねーと訪ねると、岡本太郎はその壷を床に叩き付けて割るのだ。そしてこう言った。高価な壷でも壊れてしまえばただの石。そうゆう運命だったのだよと。
あっさり実力主義的な生き方をしている外人と、同情してしまう日本人。
だから人間関係のもつれによってギクシャクしてしまう日本人。そうゆう日本人へ
人間だって物だと思え!!だったら簡単に断ち切れる。
長年使ってきた携帯 愛着がでるだろう だけどいつの日か壊れる運命にあるんだよ。
もし壊れたらどうする?愛着ある携帯であっても新しい携帯を買うと思う。また別に、すげー使いにく携帯だったらどうする?新しい携帯にかえるだろ。
新しい携帯に変えたらまたその携帯について考えるんだ。昔の携帯はここが悪かったから次の携帯はこれにしようとか、この機能が必要でこの機能が不必要でとか。そうして選別に成長していくんだと思う。人間もそれと同じ。生理的に受け付けない人間や嫌いな人間は自分にとっての消費期限が終わっててこと。断ち切らないと人間として成長していかない。人間を物としてみることも自分がネクストステージあがる一つの手段だと思ってる。生理的にうけつけない人間とね、いかにして仲を戻したいだから・・・とかウジってる行動はね、腐ったトマトを冷蔵庫にいれて捨てずにいる行動と同じだ。そんなもん捨てろ!
だけど感謝の気持ちを持つようにしないといけないってここ最近思うようになった。
終電帰りの電車、サラリーマンが職場や上司の悪口を言っている。やっぱりねそんなん聞いているこっちからしたらいい気分にはなれない。やっぱり愚痴を言っているうちは良いことなんて一つも舞い降りてこないもんだ。負は負を呼ぶだけだ。
確かに自分も人の愚痴はこぼすけど終電で聞く愚痴とは違う愚痴を言っていることに気づいた。愚痴の対象となる人間を論理立ててなぜダメなのかということを明確していくところだった。ただ嫌い うざい って言い放つだけでなく 客観的に具体的に論理だてて一から整理していく。そこが違うところだった。それをするとどうなるのか?ただ一方的に嫌いとか文句を言っているだけでなくて、全て自分に照らし合わして冷静に考えることができる。つまりその人なんてどうでもよくて、
結論はただ、俺はそうゆう人間にはなりなくない。ということを話ているだけだった。
つまり自分が絶対したくない生き方の見本わざわざ目の前でしてくれて、さらに気づかしてくれてたということである。
ああ なるほどな と。そしたらそれを見習って俺はあなたみたいな生き方絶対しないよ そう考えたらほんとに感謝を持てるようになった。
自分が生き方に反する見本を見せてくれてありがとうと。
日本の言葉に憎しみをバネにという言葉があるが、憎しみを持ち続けてはマイナス面も引き寄せてしまう。だから憎しみをバネに持ってはダメだ。憎しみは一時の原動力を生むかもしれないけど、いつかは憎しみに感謝を持てるようにならないと全てがプラスになることはないと思う。
そこで考えた。自分にとって尊敬できる人は何らかの自分の理想像がその人にあって、生理的に受け付けない人や二度と絡みたくない人には自分はこうなりたくないということを両極端ながら学ばせてもらている。その両者は自分にとっての人間力のプラスでもある。そしたらこの中間に位置、普通とか何も思わない人たちは何なんだと!
だったら中間にいる人種と接していけばやがて尊敬する人かもしくは生理的に無理になる人のどちらかになると思えば、どっちにしろ自分を成長させてくれる可能性がある。もしかしたら、本当に絡む必要のなかった用なしともいえるかもしれない笑
ま、だからといって探そうとは思わない。自分に嘘をつかず生きていれば自分にとって必要な人は現れるものであると思っているから。
昨日もゆうだりんと話したんだけど、この世の中、友達を増やすことよりも減らすことの方がよっぽど難しいってこと。
旅してたりしたらね直ぐにfacebook聞いてきたり、やたらと友達を増やしたがる奴がいるんだよ。あれって自分は気づいてない深層心理的な部分に友達が増えないと不安にかられてしまう衝動でもあるんじゃないかって思うんだよね。今の日本社会がそうしてる気がするんだよついさっきまで友達だったのにいきなり自分の領域に食い込んできて結局共食い状態になって身内でも恩を仇で返す競争社会になるやん。
中には何かあったときの為に軽い友達でもいた方がいいとか言う奴いるけど、今のこの便利な世の中ぶっちゃけ必要ないよね。
アメブロだってさ、世界一周ブログのランキング ポチ ワンクリック押してとかわざわざ書いている人いるけど、ランキングがあがることで自分が人気になってるとか、価値があがってるって勘違いしてるんじゃないだろうか。旅雑誌の定番・地球の歩き方だってさ 旅人の口文句的に、地図や値段だけ利用できて他はあてにならないって言ってるのと同じで、お前のブログもあてにならないてことだ。それだけ価値観は万人違うてことだ。
誰からも好かれたい。
良い人と思われたい。
皆に認められたい。
ある意味ランキングの順位で自分のステータスを保ってる。
そうゆう深層心理的な部分がまじまじ見える。
あなたの服かわいいね
そしたら次も言われなきゃいけないから
もっと可愛い服きなくちゃいけない
それと変わらないよ。
だってポチを押してくれるのが自分の友達だとすれば、その友達ですらすぐに恩を仇で返す奴かもしれない。それが今の日本なんだよ。数多ければ必然的にその可能性はあがる。そんな環境に固めたってどん底に落ちる可能性だってある。結局facebookやmixiだって仲いいだけで固めたいやん。
数少なくとも自分を心から応援してくれる人だけを見つける方がよっぽど価値のあることだと思う。
今の日本にはね、他人にどうとかじゃなくて自分がどうあるべきなのかしっかり見据えるべきだよ。
慣用句に、桃李言わざれども下自ずから蹊を成す。って言葉があって、意味は、徳ある者の下には特別なことをしなくても自然と人は集まってくるって意味なんやけど
自分の生き方にしっかり嘘をつかず生きていれば、自分に必要な人はよってくるってことだ。ランキングをあげるなんて不必要な人までもよってくる行為だ。
自分にとって無駄だと思ってしまう人が紛れ込んでる100人と。自分にとって最高の波長を通じあえる10人。どっちが価値がある?
自分の生き方に正直に生きていればいいってことだ。
話は最初に戻ってね、未だなぜジャマイカカラーが好きなのかわからないだよなー
もちろん、尊敬する人も具体的にはなんで尊敬しているのかわからない。
だからその人を目指そうとも思わない。しかし意思通じるものがある。遠くに目標がない分小さな目標が手の届く範囲にいっぱい落ちている。
それを日々拾っているのが楽しい。
久々のブログ長々となったがもっと感じたことあるんで暇なときにかきます。
15回目 富士山登頂成功


左、戸倉さん389回目
中央、実川さん1280回目
右、名前わすれたーー110回目
の富士山登頂
富士山の超人的な人たちですwww
インドバラナシ一週間

バラナシでは、newくみこハウスにとまりました。
くみこさんと、旦那さん・・・ゼウス!!!笑
インドのカオスの代表街バラナシに到着して3日目 インド人の家でカレーをご馳走になりました。その数時間後から体調が一気に悪化。嘔吐とシャワーのような下痢に数日見舞われ、飯を食ったらだんだん体調が悪化して寝っぱなしでした。が実際は全く寝れません。気温が45度以上あり47度まであがった日にはバラナシの火葬場が大賑わい800人死んだーっとインド人が言うくらい暑い場所です。日本みたいにエアコンがあるわけでもなく夜中も40度前後が続き扇風機だけなので浅い眠りが続き寝れるのは朝5時前後だけど7時には気温が上がってきて目が覚めます。
ここでふと頭に浮かびました。
『病は食から』
今勝手につくった言葉ですが、飯を食ったら病気になる。って意味です。
通常人間以外の動物は体調を崩すと何も食べずじっとします。しかし、人間といえば、体調を崩すと栄養を摂りなさいと言われます。栄養学を勉強していたのでその専門誌にもそう書いてあります。だけどここインドの考えは違います。水分だけとって何も喰うな。です。つまり断食です。昔聞いたことがありましたがまさかここで試す羽目になるとは思いませんでした。インドはカオス 混同しているため日本とは程遠い衛生環境やウィルス、病気が蔓延しています。免疫機能が落ちている日本人にとってかなりの強敵です。さらにカオス世界がインド拒絶反応を起こし、何も見たくない。息もしたくない。こんなとこ人間様の住む場所じゃない。最初にこの引き金を引いたインド人家族の何の悪い問題はないんだけどお母さんが野菜を手でコネながら自分の皿にのせてくれていたのを思い出しただけで吐き気するし、インド人たちをカレーと米をコネながら口にする様子をみたらゲロにしか思えない。インド全てに拒絶しカオスのひとつひとつを目に入っただけで吐き気や嗚咽がなり、一刻も早くここを去りたいという気持ちです。こんなとこで少しでも栄養をとか考えるくらいなら、余裕で断食したほうがよっぽどマシ。そして断食をした日は体調が良くなってることに気づき、飯を食べたら今まで良かったのに体調がみるみる悪化。ええええ?やっぱり断食したほうがいいんだと確信し、水分補給と塩分はしっかり気にして休養に専念し、こんないるはずもなかったバラナシに1週間も滞在してしまった。学校や本に書いてある科学や理論を何の疑いも無く信じてしまうのは文明人の最大の欠点であると思う。この栄養素をとればこうなるとか、このトレーニングをすればこうなるとか。世の中はそこまで単純にできていない。これは科学では証明できないとかいうが全てにおいて言えることである。
インドでは凍った水(ミネラルウォーター)とアッピー(りんごジュース)が一番うまい。それだけで後は全部ゲロにしか見えない。
今日アグラへ12時間移動しタージマハル。
そっから3時間かけてデリー デリーからカシミール地方のレーという街にいきます。
標高が高い為電力不足が懸念 多分ブログ更新はまた当分できないと思います。
南米よりインドやアジアのほうがインフラやネット、ホテルや衛生環境は最悪です。ブログ毎日書いている人いるけど意味不明。ブログかくために旅しとんのかい!!ってつっこんでしまうわ。
そして昨日病院へいきました。
保険番号がわからず何もせず話して帰ってきましたが、体重計があり測定しました。
92キロあった体重は、79キロになってましまいましたが、体調は回復しています。
24日バンコク
26日日本帰国です。
深夜特急 ガンジス河
インドは今・・・・・・・・・
47度です。
昨日は45度。
インドはラーメンで言うラーメン二郎みたいなもので、全てにおいて規格外。
気候、人、習慣、常識、概念、物、物価、価値、宗教。
混同
インドにこれば免疫アップとか抜かしてた昔の自分の浅はかなな考えが露呈し、インドでもがき苦しんでいます笑
免疫力だけでなくもっといろんなものが強くなれる。いやならないと生きていけない。
キング オブ カオス
凄まじ過ぎて凄まじすぎる。
もう二度と来たくないけどまた来てしまうだろう。
また来てしまいそうだけど、もう絶対来たくない。
今すぐ脱出したいけど居座りたい。
居座って耐えてみたいけど今すぐに抜け出したい。
ホテルの部屋 旅行者たちによってメッセージがかかれている。
俺もかいた。
人だってめちゃくちゃ良い人か、めちゃくちゃ悪い人。
あっちだと言われ、そこにいけば いやこっちじゃない あっちだ。
そしてまたそっちの方向へいくとこっちじゃないあっちだ。そしてまたここじゃなくてあっちだ。結局同じ場所へグルグル回って結局ゴールへたどり着かない。
善意であろうが悪意であろうがあまり信じてはいけない。信じるのみは自分のみ。
この両極端なインド 好きか嫌いかどっちかに分かれる理由もわかる。多分俺は好きなんだと思う。良い方向でも最悪な方向でもすべて受け入れて楽しまないとインドにいれない。
昼にガンガーまで散歩をした。
この道のりは、初めてなのに知っていた。
ガンガーへ抜ける道のり、最初に第二火葬場が見え煙が上がっている。
そう、まさしく深夜特急のDVD3枚組みで見た光景だった。
ガンガーはでかい。入り口は無数にあるが、ガンガーへの道のりが被ったことがなぜかものすごくうれしかった。
ガンガーへ出たとき、ガンガーの川がどうこう思うより、今回のアジアの旅も終わりだなと感じてしまった。
あのDVDを見て旅へ出る人は多いと思う。だけどあの通りになることはまずない。だけど、ガンガーを散歩していると自分の目でなくDVDを見ていた映像を思い出すように歩いていた。
今日も男たちによって死体がどんどん運ばれていた。
大人は布につつまれガンガーで清められ燃やされ捨てられるが、子供は人生の経験を積んでいないとし石を体に巻かれ沈められる。その横でバシャバシャ泳ぐ大人や子供。ヤギや牛だけでなく人間もみんなの前に何の躊躇も無くウンコや小便をする。アンモニアの強烈な臭いや動物の糞の臭い、大麻やハッシシの臭い、ゴミ、ドブやヘドロ。
一日何十回停電になるんだというぐらい半端内頻度で停電になり部屋のファンが止まり暑くてもがく。朝6時停電になっていて汗だくで目が覚めた。停電ばっかだなーって話しをしていたら日本から、停電時に人が(永遠に)消えている。ので停電時には気をつけてください。とメッセージがきた笑 予知能力か!?笑 なんだこのタイミングで笑
しかし絶対エアコンの部屋には止まらないし、絶対カレーは手で食べる。インドにきたからにはインドにこだわりたい。
日中は一歩も外にでれませんが、もったいないとは思いません。これもインドです。
何してるでしょう?
月明かりに火葬している黙々と煙があがる。
ナマステ
もうすぐ選挙
もうすぐ総選挙です。
まゆゆ推しだけど、優子にセンターをとってほしい。
もし、まゆゆがセンターとっても優子の激しいダンスにセンターの存在をかき消されAKBのバランスが崩れると思う。
自分が学んできた運動学や行動分析学、ポータブルモータースキルの観点から考えても、まゆゆとあっちゃんは同じタイプだけど、優子のダンスにかき消されない不動の図太さゆえに、あっちゃんが今までセンターに君臨し、AKBの2大看板の絶妙なバランスでもあった。もしまゆゆがセンターとったとしても隣で踊る優子のダンスにエースの存在を消されてしまう。
個人的な点数とAKBとしてのバランス的点数は違うと思う。
まゆゆ推しだけど、優子にセンターとってほしい。
とりまおつかれ
おつかれ俺!
今ラオス バンビエンでゆっくりしてます。
今バンビエンでは雨季の影響により停電が15時間毎日に近く続いており、橋も増水し決壊しました。ネット環境もいいわけではないのでブログ更新できません。
あさってバンコクへ戻ります。それまで気引き締めます。
東南アジア陸路の旅
総距離10,038km
バス・乗車時間164時間
船・乗船3時間
このアジアの旅は、マレーシアのホステルで出会った20歳の矢崎氏とマレーシアからバンコク、カンボジア、シェムリアップからベトナム、ラオス バンビエンと1ヶ月以上同じ時間を過ごしましたが嬉しいながら二人が愛し合うことはありませんでした笑
矢崎氏 なぜサングラスをかけてるでしょう??
矢崎氏はベトナムで便秘になり4日間たって気分が悪いと言い出しウンコが逆流しクチからウンコを吐きました。その瞬間4日分のウンコが下痢として大量に噴射しました。矢崎氏の顔はげっそりコケ、毒素を出さなかったらこうなるのかと他人事ながら勉強になりました。だから屁を我慢するとか絶対やってはいけないと感じました。
矢崎氏は今から中国に北上しチベット 中央アジア からトルコへ陸路完全横断を目指します。その間の国にはトルクメニスタンという・・・・北朝鮮より上の独裁国が待ち構えています。ビザをとるのに20日 滞在できても5日 大統領の愚痴を言うと逮捕など 謎な国なので是非レポートに期待です。
バンビエンはゆっくり時間が流れていますが、いきなり極端のインドへ入ります。
世界のトップランクのカオス国。
今まで生きてきた価値観とか概念とか無意味でほぼ通用しないと思う。
けど赤ちゃんじゃない。絶対この経験を踏み台にしてのしあがってやる。
6月中には日本戻ります。
最後の国です。楽しみます。ナマステ。
売春宿
ブログ更新してませんでした。
今ラオス・バンビエンにいます。
再び戻ってきました。
が!!!!!!!気候が一気に変わってます。先月は蒸し暑く晴れてたのに今は涼しく、雨が多くなっています。ついに雨季も近いようです。
今バンビエン、シャンタラゲストハウスに泊まっています。知らなかったんですがここは日本人宿てきな存在です。
最低3万キップから USドルで3ドル。
このゲストハウスの管理人のおばちゃんに、女買いたいと頼めば部屋に呼んでくれます。普通に10代の売春婦が宿を行き来しています。部屋から聞こえるあえぎ声、それに群がる欧米人と日本人 ここバンビエンでの売春は12歳~16歳くらいの女の子らしく、家族で娘を売っています。売春の相場は、3000円~4000円。シャンタラゲストハウスを出て右に2つ目のラオスマッサージって店 ほんまはただのマッサージしてくれるとこなんだけど、奥の一室で女を買います。経験者の証言によると、ものすごく不衛生な女がでてきた。マグロ!!!と言っていました。
日本人が女を買うケースはそのときだけしかみたことないけど欧米人の女の買い方は違います。1日レンタルみたいなかたちをとり、街の案内やうまい店を案内してもらっているのでしょう。このスタイルは東南アジア全般でみられる光景です。
ホテルから2つ隣の売春宿
ここバンビエンは数年前までは、普通に草やキノコのドラッグ類が普通に売られている街でした。どこのレストランも看板に『麻シェイクあります』とか『パッピーメニューあります』とか。しかし今はバビロンの手によって制圧されおおぴらにはドラッグはやられていません。が店にいけば大体どこにでもあり、簡単に手に入る状況です。とくにSMILE BARという店には裏メニューでハッピー系のドリンクやピザがあり、一杯につき1ジョイントがおまけでついてきます。シェイクにはキノコを混ぜるのか?草を混ぜるのか?選べるところもあります。外人が怪我をして腕をつっている姿や顔を怪我している人をたびたび見かけます。まさしくパッピーになりすぎた挙句、怪我をしたのでしょう。しかし、やりすぎは禁物です。帰りトゥクトゥクでぐったり立ち上げれないのや、夜中には焦点があってない人が路上にいるみたいです笑
しかし、バンビエンで見てほしい光景はそんなグレーな世界だけじゃなくて全てが絵になる風景!人!セットじゃないのか?と・・
自分が見た昔の日本の風景とかぶるん
あ 忘れてたって。
ガキんちょみんなで原付を川で洗車
その後、なんと 小学一年生にもみたないガキが 原付を運転して帰っていきました笑
一日中 野生児になってる。
今日もノーストレスくれてありがとう。
良かったよラオス。
6月1日インド 入ります。
クラクションバス
ホイアンまでのバスの道のり
寝台バスは良いと思っていたがやはりとは言い切れなかったwwまたバスネタ
寝台バス 7割欧米人そして俺ら。普通に出発したら多分座席が空いてるから現地人が雪崩れ込むように入ってきた。そうです。南米ボリビアと一緒!!!!バスのクオリティはボリビアより断然高いけど・・バスの中はカオス化する!!!
現地人がバスの中でドリアンを食べ始め、隣のスペイン人が『NO!!!!!!!ドリアン!!!!!!!Please STOP!!!ドリアン!!!!!』と叫ぶ。
バスの中はドリアン臭 こんなん車内で何か喰うって周りに迷惑じゃないかなーって気にする日本人からしてみたらありえない 普通の食べ物じゃないし!!ドリアンやし!!!関係なしにバスは走る。現地人のババア達の大音量のベトナム語。欧米人はものすごい静か笑
そして12時間バスの中 この12時間コンテニューでバスのクラクション。
こんなにクラクション聞いたの人生初。1分以上ならないことなんてない 数秒単位でクラクション異常な数を尋常じゃねーよと聞かされ隣のスペイン人が なんてクレイジーなバスなんだ!!と撮影。クラクションのボタンを見ると3つあって、パラパラパラパラ・・って連続でなるやつもあれば、ブーーーーーーーーーーーーとなり続けるやつもあって、運転手はほんとに危なくてやってるのかどうかしらんけど、もうリズムとる感じでクラクション使ってるんじゃねーかって もうここまでくるとシャレになってる。
バスの通路に最初は現時人が座っていたけど、途中で家に帰るのかポツポツと降りていき、そこは乗客のリュックが置かれその上を足で踏んで歩く従業員。もうカオスですね!!
ベトナムでこんなんだったらインドどうなるんだよっておもいつつホイアン到着
通路に置かれた乗客の荷物
この上を平気で踏んで歩く従業員
クラクション動画 実際はまじでうるさい













