東日本大震災から11年目の昨日、テレビ、新聞それぞれ関連報道をしている。

 昨日の朝日新聞夕刊1面に「妻よ 助けてやれず申し訳ない。この11年ずっとそればかり」という見出し記事があった。

 気仙沼消防署の指揮隊長だった佐藤誠悦さんは市民の救命に奔走し、奥さんが行方不明と知らされたのは翌日で、震災から5日後に遺体で見つかったとのことである。

 親を、最愛の人を、子供、孫を失い、この佐藤さんと同じ思いを持っている人が沢山いることだろう。

 改めて亡くなられた方々のご冥福と、被災された皆さんにお見舞い申し上げる次第だ。

 「災害は忘れた頃にやって来る」とよく言われる。「(そな)えあれば(うれ)いなし」とも言われる。それぞれ心構え、心の準備は必要だと自分自身に言い聞かせるものである。

 朝の便で釧路に行き、市内挨拶廻りをする。3月も中旬になると釧路にも春近しの感がする。

 自然は正直に間違いなく季節の到来を知らせてくれる。自然の摂理に感謝しながら、テレビではどちら側の報道が正しいのか見ていて混乱することがある。

 同情を得るような発言、映像が出てくると私とてそちらに引きずられる気持ちになる。

 報道の使命は真実を知らせることだが、どちらかに軸足を、価値観をおいてしまうと、公平、公正ではなくなったしまう。

 20年前、メディアバッシングを受けた私としては、正直者が馬鹿を見ない社会にするのが政治の責任だと自分自身に言い聞かせながら、信念を持って与えられた立場で生きて参りたい。