昨日、京都のアニメーションスタジオが放火され、33人死亡という痛ましい事件が起きた。
 ガソリンをまき、火を付けたと報道されているが、とんでもないことをしたものである。犠牲になった人が可哀想でならない。
 心からのご冥福とお見舞いを申し上げたい。
 それにしても世の中、考えもつかないことが起きている。社会問題として私は取り上げて行く。
 朝の一便で千歳に飛び、8時過ぎ昨年9月6日未明に起きた胆振東部沖地震で被災された厚真町・安平町・むかわ町3町を遊説する。
 地震発生後、私に何ができるかと考え、先ず炊き出しをしようと思いつき、ちゃんこ鍋を振舞ったことを想い出した。お腹を満たすことで少しでも精神的に落ち着けばとの思いだった。
 復興復旧に向け、動き始めているが、さらに加速させるためには政治力が必要だ。私がその一翼(いちよく)を担う。
 日中、札幌市内を遊説し、夕方千歳空港から釧路に向かい、最後のお願いをする。
 昭和58年12月の最初の選挙、投票日の前々日は釧路市・阿寒町・阿寒湖畔で最後のお願いをした。
 最終日は故郷陸別・足寄・本別・帯広を廻ったので「鈴木宗男最後の闘い」なので、昭和58年最初の選挙の原点に立ち返り、最後のお願いをして行く。
 今日、明日が最後の訴えである。鈴木宗男の最後の訴え、叫びをさせて戴く。
 「鈴木宗男のメークドラマ」どんな仕上がりになるのか。この2日、全力投球、全身全霊で感謝の気持ちを込めて闘う。ゴールはもう少しである。
 読者の皆さん、全国の皆さん、「鈴木宗男最後の闘い」にお力を貸して下さい。心からお願い致します。

※追伸、夕方、全日空の飛行機で千歳から釧路に向かう予定が、搭乗予定の飛行機が1時間30分遅れとなり、17時30分から予定していた釧路市での総決起街頭演説は間に合わない。
 釧路最後の街頭演説は、昭和58年12月の最初の選挙と同じ日程で行う予定だったので、残念でならない。
 事前に遅れることを知らされていれば対応できた事なので、腹立たしい限りだ。