ハンセン病元患者、家族への国の責任を認めた熊本地裁判決に、国は控訴しないことを安倍総理は表明した。賢明な判断と評価したい。
 「筆舌に尽くしがたい経験をされた家族の皆様の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と記者団に語るこの言葉の重みは、まさに政治である。一日も早い対応をして戴きたい。
 選挙戦7日目、中盤に入った。ここからが正念場である。
 8・9・10日と、昭和58年最初の選挙からお世話になった旧5区(十勝・釧根・北網)を廻り、懐かしい人、平成8年小選挙区になってからご支援戴いた方々にお会いし、感慨一入(かんがいひとしお)だった。
 最初の選挙、「鈴木宗男」と名前を書いて戴き、最後の選挙も「鈴木宗男」で締めくくれる選挙に、巡り合わせ、タイミングに心から手を合わせるものである。
 今日も政治風土厳しかった網走管内旧5区の一部(津別町・美幌町・大空町・網走市・北見市・北見市留辺蘂・佐呂間町・遠軽町・上湧別町・湧別町・紋別市・滝上町・興部町・雄武町・西興部村)を廻り、各地各所で心ある皆さんにお会いし、感謝の気持ちで一杯だった。
 鈴木宗男の最後の闘いは続いて行く。
 「政治に喝」「官僚に喝」「鈴木宗男、最後の選挙に勝つ」と強く訴えて行く。
 紋別市で北海道選挙区に出ている自民党公認岩本つよひと候補と街頭演説の場所が一緒になった。
 演説時間は岩本候補の方が早いので、私は時間差で到着し、予定の時間より15分近く長くなっていたが、私は拍手をしながら終わるのを待っていた。
 終わって会場を離れる時、「お待たせしました。予定をオーバーし申し訳ありません」という挨拶はなかった。
 長谷川岳参議院議員もおられたが、何の挨拶もせず離れていった。
 私はニコニコ顔で見送った。そこに残っていた数人の自民党関係者が、駆け寄ってきて「岩本さんも一言もなく離れて行くとは驚きました」「鈴木さん、長谷川岳の態度はなんですか。礼儀知らずですね」「長谷川は公明党、創価学会の人も来ているから鈴木さんが来るのは迷惑だと言っていましたが、鈴木さんに岩本さんはお世話になっているのに身勝手ですね」等々のお話をされた。
 「私は気にしていませんから」と答えながら、見ている人は見ている、判っている人は判っているとつくづく感じたものである。
 「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがあるが、私もしっかり心のありようだけは忘れてはいけないと思った次第だ。
 泰然自若(たいぜんじじゃく)、鈴木宗男は鈴木宗男の闘いをして行く。
 読者の皆さん宜しくお願い致します。

※本日の走行距離
 車 500㎞

※鈴木宗男公式Twitter始めました。
 鈴木宗男公式ホームページよりご覧になれます。

※津別町

※美幌町

※大空町 〈応援弁士〉日本維新の会・馬場伸幸幹事長

※網走市〈応援弁士〉日本維新の会・馬場伸幸幹事長

※北見市〈応援弁士〉日本維新の会・馬場伸幸幹事長

※佐呂間町

※遠軽町

※湧別町

※上湧別町

※紋別市

※滝上町

※興部町

※雄武町

※西興部村