佐藤優さんより親友豊島昭彦さんが7日に亡くなったとの悲しい連絡が入った。
 4月、講談社より「友情について僕と豊島昭彦君の44年」を佐藤さんは出版され、その帯には「『高校時代の親友が膵臓癌に。余命の中央値は291日』『豊島、一緒に本を作ろう。君の体験という財産を、後の人たちのために遺すんだ』『会社の破綻、理不尽な上司、リストラや出世、転職、家族、友人、病…』『人生とは何か。余命を意識したとき、人は何を思うのか』前代未聞の緊急出版プロジェクトが始まった。」と書かれている。
 まさに291日の尊く重い日々になってしまった。
 5月31日、東京新聞「こちら特報部 本音のコラム」に佐藤さんは「がんとの闘い」という見出しで次のように書いている。

 筆者の埼玉県立浦和高校時代からの親友・豊島昭彦君が末期の膵臓がんで、緩和ケアのために現在入院している。食欲がほとんどないので、栄養は全て点滴で採っている。痛みと闘っているが意識ははっきりしている。23日に豊島君を見舞ったときのことだ。
 「形見分けで、僕がだいじにしている陶器を佐藤君に渡す」と言ったので筆者は咄嗟(とっさ)に「そんな話はまだ早い」と応じた。豊島君は、「これから鎮痛剤の量を増やしていくと、徐々に意識が朦朧(もうろう)としていくと思う。その前に佐藤君には、僕の思いを伝えておきたい」と言った後、「これまでに闘病の経緯を記録しておいたので、もし役に立つならば君の判断で適宜使ってほしい」と続けた。筆者は涙をこらえて「わかった」と答えた。
 その日は、鈴木宗男「新党大地」代表との勉強会「大地塾」があるので、病院から衆議院議員会館に向かった。鈴木氏から「豊島さんの容体はどうですか」と尋ねられたので、実態を話すとともに「鈴木宗男さんがブログで豊島君の名を出して励ましてくれたことに感謝していた」と答えた。鈴木氏は「私にできることがあるならば何でも言ってくれ。それから私も食道がんであることがわかった。今日の大地塾で発表する。がんと闘いながら政治活動を続けていく」と述べ、27日に手術を受けた。

 佐藤さんがどんな思いで親友の時間との闘いに向き合ったのか。色々考えさせられる。
 私は豊島さんに会ったことはないが、本に載っている写真や語り口から人の良い、真面目で仕事熱心な人だったと想像する。
 そして私と一緒で家族との時間を十分とっていなかったことを悔やんでの旅立ちではと勝手に思ったり今している。
 人生、計算通り、思い通りいかないものだとつくづく感じながら、豊島昭彦さんのご冥福を心からお祈りする次第である。
 今夜のお通夜に参列し、安らかなるお眠りを念じて参りたい。