松野文科大臣が昨日記者会見し、加計学園の獣医学部新設についての内部文書があるかないかを調査した結果、「あった」ことを認め、謝罪している。きちんと調査すれば何でもないことを後手に回り不信を招くことになる。
 しかしここで考えなければいけないのは大臣がいちいち細かい調査をするわけでない。組織の長として部下に指示する。その報告に基づいて表に出す。要は官僚が調べ、作った文章を発表する流れである。
 松野大臣が謝罪をしているが、その背景には官僚の判断があったことを我々は認識するべきである。
 15年前「ムネオバッシング」の時も外務省から㊙文書が流された。間違いなく国家公務員法違反である。
 しかしその時の政権は国家公務員法違反であるにもかかわらず内部調査せず、ムネオバッシングを続けた。さらに改ざん文書まで作り、それが真実の様に伝わった。
 川口順子外相は「そういう文書はありません。偽物です」と記者会見しても偽物が本物のように扱われた。結果的に誰も責任は取らなかったのである。
 官僚の報告をそのまま受け止め表に出し、後になって違っていましたと言われてもどうしょうもない。
 菅官房長官が文科省から「そうした文書はありません」と言われると記者会見で「ありません。あれば怪文書です」となってしまうのではないか。
 読者の皆さんも冷静にことの次第を考えてほしい。15年前、私が直接経験した中での私の思いである。
 今日は亡き父の命日である。51年前私が大学2年の時、父は旅立った。何の親孝行も出来なかったことが今でも悔やまれる。
 昭和41年大学に行く際、馬を一頭売ってお金を工面してくれたことが今も馬の姿と共に目に浮かぶ。時の経つのは早いものである。