昨日は小渕恵三元総理のご命日であった。早いものでもう15年の歳月が過ぎた。

 小渕先生に仕えた者として、健康・身体のことにまで気を使わなかった、考えなかったことを申し訳ないと思う。取り返しの付かない、戻ってこない時間であるが、今も私の心のどこかに贖罪しょくざいの思いが残っている。
 安倍首相も地球儀外交を展開し、世界を廻っているが、小渕首相も私が官房副長官の時は1カ月に1回のペースで海外出張した。
 厳しい日程でも小渕首相は「日本に居るより外に出た方が気が楽だ」とよく言っていたことが想い出される。
「北方領土問題を解決したい、日露関係で歴史の一ページを開きたい」と並々ならぬ思いを持っていた気概が今も想い出される。
 小渕総理が元気であったなら2期4年、自民党総裁(当時の党規則)と内閣総理大臣を務めていただろう。そうであれば北方領土問題も解決していたのではと、政治の世界に「タラ・レバ」はないが、ふと振り返るものである。
 その日露関係、橋本・小渕・森政権の時は極めて良好だった。小泉政権以後、空白の日露関係10年となってしまった。
 安倍政権で森元首相の尽力もあり、昨年2月までは良かったが、ウクライナ問題がおき、冷え込んできた。
 今日出発する予定だったビザなし交流1回目はロシア側から「受け入れ出来ない」と中止となってしまった。
 ウクライナ問題で欧米と日本の立ち位置、判断は当然差があって良い。いや、差を付けるべきだと思うが、全て欧米と歩調を合わせてしまいロシアは日本に対し不信感を持っているだろう。
 時の指導者の姿勢、判断が歴史に関係するのは当然だが、何が国益かという基本だけはしっかり胸に刻んでほしいと願ってやまない。
 小渕恵三元総理・森喜朗元総理時代の日露関係が懐かしい。