浦島太郎のこと

   三森至樹

  童謡「浦島太郎」はこんなのだ。

 一、
  むかしむかし、浦島は
  助けた亀に連れられて、
  龍宮城へ来て見れば、
  絵にもかけない美しさ。
二、
  乙姫様の御馳走に、
  鯛やひらめの舞いおどり、
  ただ珍しくおもしろく、
  月日のたつも夢のうち。
三、
  遊びにあきて氣がついて、
  おいとまごいもそこそこに、
  帰る途中のたのしみは、
  土産にもらつた玉手箱。
四、
  帰って見れば、こはいかに、
  元いた家も村もなく、
  路に行きあふ人人は、
  顔も知らない者ばかり。
五、
  心細さにふたとれば、
  あけて悔しき玉手箱、
  中からぱつと白煙、
  たちまち太郎はおじいさん。

 それによると、浦島太郎は困っている亀を助けて、そのお礼として乙姫の住む竜宮城でしばらく過ごす。しかし、故郷が恋しくなって、いとまごいをして戻ってみると、そこはもう何百年もたった世界だった。悲しみのあまり玉手箱を開けてみると、煙が出てきて浦島太郎は、身寄りも知った人たちもいない老人となってしまった、というのだ。しかし、この結末は、これでいいのだろうか、というのがいつも疑問だった。
 というのは、浦島太郎は亀を助けるという良いことをしたのに、結局孤独な老人となるという悪い報いを得たことになる。これは、良いことをすれば良い報いがあるという普通の考えの反対で、この話は受け入れられないという感覚に当然なるような話だからだ。
 この浦島の話について少し考えてみたい。

 ところで、物理学で浦島効果というものがある。これは、光に近い高速度で運動する乗り物に乗った人は、外界の、運動していない者と比べると、時間がゆっくり進むので、何年もその光速に近い乗り物に乗った後で帰還した者は、外界にいた者よりも若いままになるという現象のことを言っている。それはあたかも、竜宮城で過ごした浦島太郎が、数年経ったと思った後で、元の世界に戻ってみると、もう何百年も経っていたという話と同じなので、そういう現象を浦島効果というのだ。
 これはアインシュタインの特殊相対性理論から導き出される思考実験だった。しかし、その効果は日本の宇宙船はやぶさにおいて観測されたことで、事実だと確かめられているそうだ。
 しかし、まあ、大昔の人がアインシュタインの相対性理論を知っていたはずもないから、この話は偶然だと言わなければならないだろう。時間が知らないうちに経っていたというのは、よくある話で、浦島の孤独を悲劇として強調するために考えられたのだろう。大事なのは、作者はこの話で何を伝えようとしたのかという点だ。

 浦島太郎の話の原型は、古く「日本書紀」や「風土記」にも収められていた。今我々が知っているのは、中世の「お伽草紙」にまとめられていたものとのことだ。それを明治時代に小説家の巌谷小波が書き改めて、国定教科書に載せられ、広く知られるようになった。そういうわけで、我々がよく知っている物語とは違う別バージョンの浦島太郎も伝えられている。
 その別バージョンの浦島によると、物語の結末がずいぶん違っている。一つのものでは、浦島は老人になっただけではなく、孤独に死んでしまっているし、別のものでは、老人の浦島は浦島明神として祀られるようになっている。さらに別バージョンでは、浦島は最後には鶴に変身して、天の蓬莱山に上り、乙姫あるいはその化身である亀と結ばれるとなっている。
 また、亀について言えば、亀は子供たちにいじめられているのを浦島によって助けられたということになっているが、別の伝承では、浦島が沖で釣りをしているときに、たまたまその釣り針に亀がかかって、浦島がそれを放してやったとなる。
さらに、その亀は竜宮城で乙姫に仕えていた一人ではなく、亀は乙姫自身の変身した仮の姿だったとなる。
 明治期に一般に流布するようになった話は、原型の話とはずいぶん違っている。そして、その何となくつじつまの合わない結末、つまり浦島が玉手箱から出てきた煙で老人となってしまったというのを、浦島が乙姫との約束を破った報いとして、教訓話に仕立て上げたもののようだ。
 しかし、もともとの浦島太郎kの物語は、一種の英雄の冒険物語だったのではないかと思われる.浦島太郎という若者が、竜宮城の乙姫と出会って、いろいろな冒険をする。その中には、竜宮城における夢のような享楽もあり、その後の地上における苦難の経験もある。最後は、浦島が天涯孤独な老人となって、悲劇として物語は幕を閉じるはずであったのに、乙姫が再び天から現れて、二人は天上での至福の結婚生活を送るというハッピーエンドとなる。
 つまり、浦島太郎の物語は、一種の英雄の冒険物語、あるいは英雄の婚姻譚だったのだ。それが歴史の偶然によって、今現在我々が知っているような、少しつじつまの合わないような話になったということのようだ。
 それはそうかもしれないが、浦島の物語は、単純な英雄の婚姻譚として片づけられない点もあるように思う。それは、英雄の婚姻の話なら、大団円は若い英雄と美しい姫との結婚で終わるはずだが、浦島の場合は、最後は浦島が年老いた姿となって地上生活を終えている。このことに、もう少し考えてみるべき点があるようだ。