偶然の一致の出来事-私の経験

 昨日(2017年9月22日)寝付かれず、朝四時過ぎまで起きていた。
 朝、なぜ昨日眠れなかったのだろうと考えていた。
 するとテレビで、電車の遅延の情報を伝えていた。それは、青梅線で人身事故があり、止まっているということだった。
 聞いてみると、その事故は、西立川あたりの踏切で、男の人が電車にひかれたということだった。自殺か事故かは伝えていなかった。その事故があったのは、午前六時半だったとのこと。
 つまり私の自宅の近くで、眠れなかった朝、そういう出来事が起こっていたのだ。
 自殺にしろ事故にしろ、その数時間前に、その予兆があって、人々の心が無意識のうちに、その悲劇を予感していたとしたら。
 わたしもその、人々の間で共有された無意識の不安のために、知らないうちに眠ることができなかったということなのかもしれない。
 もちろん、この二つの出来事には何の関連性もないとも言える。
 
 偶然の一致の例をもう一つ。
 もう三十年以上も前のことだ。そのころ私は、多摩川の近くのアパートに住んでいた。
 近くだったので、多摩川の土手の道を良く散歩していた。
 ある時散歩していたら、道に封筒が落ちているのに気付いた。拾ってみると、それは、ある大学に提出するための、病院の健康診断書だった。その診断書には、肺結核のために休学して療養することが必要だとか書いてあった。
 その書類には、その大学の学生の名前と、住所と電話番号も書いてあった。しかし、その住所は新潟県のどこかの町だった。
 なんで新潟の人間が、ここにいて、この川沿いの道を歩いていたのだろうと不思議に思った。
 そこで、この書類は大事なものなんだろう、なんとか本人に渡さなければいけないと思い、書いてあった電話番号に電話してみた。
 すると電話には年配の女性のような声が出た。
 その女性は、その書類の持ち主である学生の母親だということが、話してみてわかった。
 そして、その息子は東京に出てきていて、わたしの家の近くに住んでいることも分かった。それで、この書類が、あそこに落ちていた理由もわかった。この学生は、新潟から東京の大学に出てきたのだが、肺結核という病に侵されて、休学しなければならなくなったらしい。
 それで、彼の母親からその学生に、わたしの居場所を教えて、その大事な書類を取りに来てもらった。
 待っていると、やせた男が私の家にやってきて、書類を受け取って帰っていった。
 ここからは、わたしの想像だが。
 彼は、病気に侵された自身の前途を悲観して、自殺しようとして、多摩川の土手をふらふら歩いていた。そのとき彼は、気が動転していて、うっかり書類を落としたのではないか。あるいは、もうそんな書類など不要と思って捨てたのかもしれない。
 しかしおそらく、彼は自殺はやりおおせないまま、自分のアパートに帰っていったのだろう。
 そのとき、たまたま私が彼の落とした書類を拾って、彼の母親に連絡した。その母親からその学生に連絡が行って、促されるまま、わたしのところにやってきたというわけなのだろう。
 その後彼がどうなったかは、私には分からない。だが、おそらく彼は、母親の介入によって、「何やってんのよ」とか一喝されて、自殺の危機は逃れることができたかもしれない。
 考えてみれば、彼の無意識の心中の、助けを呼ぶ声に、わたしの心が無意識に反応して、私がこの事件に関係することになったということかもしれない。そんなふうにも思える。