ずいぶんひさしぶりに書き込みます。
以下挙げたのは、今日教会で話した説教です。
説教なんか聞きたくない人も多いのは承知していますが、今まとまった文章を書くには、少し時間が掛かりそうなので、つなぎとして掲載しておきます。
この数ヶ月間わたしの身に何があったのかも、説教の中で触れていますので。
「全てを十字架の光の下に」
--ルカによる福音書18:31-43
三森 至樹
パウロは、「コリントの信徒への手紙」の中で書いています。わたしは、コリントの人たちにキリストの福音を宣べ伝えるために、優れた言葉や知恵を用いることがなかった。ただわたしは、あなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていた、と。
つまり、キリストについて語り、宣べ伝えるために必要最小限のことは、キリストの十字架であり、逆に十字架について語らないとすれば、その人は、キリストについて何も語らなかったということになる、ということです。
わたしもまた、十字架をわたしたちにとっての神の福音を伝えるものとして語ってみたいと思います。わたしもまたパウロと同様に、キリストの十字架のみをテーマとして、もっぱらそのことだけに集中し、それ以外の何も語るまいという気持ちを持っています。今は特に四旬節という季節で、キリストの十字架に思いを凝らすべき時期だから、なおさら十字架という話題に思いを集中したいと思います。
さて、今日の福音書の話は、二つのことが書かれています。一つは、イエスが弟子たちに対して三度目に、自らの運命について予告するという話です。そしてもう一つは、いよいよイエスの一行がエルサレムに上っていこうとしているとき、その途中のエリコという町で、物乞いをしていた盲人の目を癒したという話です。
ペトロが、イエスをキリストであると告白してから、イエスは、自らの十字架について弟子たちに語り始められました。つまりイエスは、キリストであるご自身が、十字架に掛けられて殺されることになっているということを話し始めたのです。救い主キリストの救いは、実は十字架ということよって成し遂げられるということです。
しかし、弟子たちにとって、その当時は、キリストの十字架ということは全く理解できない事柄でした。
イエスをキリストとして告白した弟子たちにとって、イエスを理想的な王として、ダビデのようなこの世の王として上にいただき、すばらしい政治を実現する、そのために自分たちもそれなりに役割を担うことになる、そんな希望に燃えていたはずです。
そんな彼らにとって、自分たちの運動が、中心人物の十字架と、挫折という結果に終わるというようなことは受け入れられないことだっただろうし、しかもそのようなみじめな結果に終わるという予想が、その当の運動の中心人物から告げられるということは、全く理解できなかったとしても、当然でしょう。果たして弟子たちは、イエスの言葉が理解できなかった。イエスの十字架の予告に接しても、「十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかった」と書いてあります。
しかしわたしたちは、このときの弟子たちを笑うことができるでしょうか。今のわたしたちは、救い主キリストがわたしたちの罪のために十字架に掛かったこと、それによって、無条件に神の救いに与ることができたということを知っています。しかし、イエスがエルサレムに上っていくこの時点で、人類の救いを成し遂げるために、キリストは十字架に掛けられ、悲惨な最期を遂げなければならないということを、まだ誰も知らないのです。知っているのはイエス一人だけであって、イエスは弟子たちにご自分の運命とその意味とを伝えようとされるのですが、弟子たちは信じられないし、理解することもできません。
それも当然で、イエスは、ご自分の十字架とその意味とは聖書に書かれていることだと言われるのですが、それは預言者の書にごくわずかに書いてあるだけで、救い主メシアのイメージはどうしても圧倒的に、天から降ってきて最後の審判を行い、悪い者を完全に徹底的に一掃して、この世に神の王国を建てるというような、栄光の王のイメージでした。それはその当時の人々にとってもそうであり、預言者の洗礼者ヨハネにとっても、メシアはやはり最後の審判をもたらす圧倒的な力を持った存在として、待ち望まれていました。そんな中で、イエスの言うような、十字架に掛かってみじめな最後を遂げるキリストというのは、弟子たちにとって理解しがたい、信じがたいものだったでしょう。
こういうわけで、弟子たちにはその当時、イエスの言葉の意味が隠されていて、理解できなかったのです。というよりむしろ、彼らは理解することを恐れていたと言うべきでしょう。なぜかというと、イエスの言葉の意味を理解し、やがて起こるだろう十字架の出来事の意味を理解するならば、そのときには彼らの生き方、考え方が百八十度変えられてしまうことになるからです。その予感があったために、彼らは、イエスに対して怖くて尋ねられなかった、のです。
このようにしてイエスは、多くの弟子たちに囲まれながら、孤独でした。理解されることなく、全く孤独のうちに、自らの十字架と向き合わなければなりませんでした。
やがてイエス一行は、エルサレムへの旅の途中、エリコの町に近づきます。エリコの町はヨルダン川の西岸に近く、海抜の低い、低地の町です。そこからエルサレムまではなだらかな上り坂となっていて、距離は三十キロほどあるのですが、いわばエルサレムへの入り口のような位置にあります。このエリコにイエスの一行が近づき、やがてそこを大急ぎで通り過ぎ、エルサレムへ上って行きました。そのとき、道ばたに座って物乞いをしていた一人の盲人が、通り過ぎようとしているのがイエスの一行だと聞かされて、大声で叫び始めます。「ダビデの子イエスよ、憐れんでください」と。
しかしイエスを取り巻く人々は、ひたすらエルサレムへと急いでいました。彼らはイエスを担いで、念願の革命が成就するときが近いと、血気にはやっていました。彼らの間には、欲望と不安、希望と疑いなどが混じり合っていて、一種の狂乱状態が起こっていたでしょう。そういう彼らにとっては、一人のちっぽけな、みすぼらしい盲人の叫びなど、耳に入らなかったでしょう。
しかしイエスは、大勢の人がごった返す中で、この小さな一人の盲人の訴えを聞き分けられました。そして彼に声を掛けられます。「何をしてほしいのか」と。
エリコの町の外で、一人座って、人から施しをもらいながら食いつないでいた一人の盲人。彼には友達も話し相手もなく、全く誰からも注目されることもなく、一人暗闇の世界で孤独と向き合っていた。その長く続いてきた孤独の暗闇の中に、一つの光が差してきた。イエスが彼に近づいてきたのです。イエスが彼にとっての光だったというのは、イエスが、彼の、誰とも共有できない孤独を、ともに担ってくれる存在だったからです。イエスもまた、彼を取り巻く人たちの中で孤独に耐えておられた。それは彼が、人々の孤独や、悩み苦しみをともに担い、その苦しみを自らに引き受けておられたのに、それを知り、ともに担うべき人たちは、イエスとは全く別の思惑で動いていたからです。イエスは一人十字架を担って歩まれていた。
イエスの奇跡というのは、人々の苦しみをともに担うという、神のあわれみが具体化したということで、わたしたちはそこに、人々とともに苦しみを担い、ともに歩まれる神の、あわれみ深い愛の姿を見るべきなのです。決してイエスの超能力とか、あり得ないおとぎ話と受け取るべきではないです。ということは、奇跡もまた、具体的に働く、人間に対する神の愛を指し示しているということならば、キリストの十字架と同じ意味を持っていると言えるでしょう。十字架もまた、人間に対する愛のゆえに、人間と苦しみをともにし、ともに歩まれる神を指し示すものだからです。
イエスによって目を癒してもらった、エリコ郊外の一人の盲人、名前はバルティマイとマルコには書いてありましたが、彼は目が見えるようになってイエスの後に従い、エルサレムの十字架の出来事を目にすることになります。彼が目が見えるようになったのは、ただ単に目が見えるようになって、普通の人間の生活が送れるようになったというだけではありません。彼の目が癒されたのは、実に彼の目が、イエスの十字架を見るためだったと言えるでしょう。わたしたちもキリストの十字架に目を注ぎ、そのわたしたちに対する意味について、よく考えてみましょう。
それにしてもなぜ十字架なんでしょうか。なぜキリストは、あるいは神は、十字架を担わなければならないのでしょうか。それは、わたしたちが生きるということと関係しているはずです。わたしたちが生きるというそのことが、十字架を担って生きるということにほかならない。われわれは例外なく、一人一人が十字架を担って生きています。その、十字架を担って、苦しみながら生きているわれわれに、寄り添い、共に生きていく神の愛の姿が、キリストの十字架ということなのです。
わたし自身の最近の経験について少し話したいと思います。
わたしは昨年の九月の末に、脳梗塞で通勤中にぶっ倒れて、担ぎ込まれた病院に即入院ということになりました。自宅のアパートにも戻れず、着の身着のまま集中治療室のベッドに寝かされて、そのまましばらく絶対安静という状態となりました。そのときのわたしの心境について、今思い出してみると。
集中治療室にいて、絶対安静という状態なので、客観的に見れば、命が危ないという状態だったはずですが、不思議にも自分死ぬかもしれないという不安感はあまりなかったです。自分は大丈夫なのに、なぜこんな重病の人たちと一緒の部屋に寝かされているんだろうという感じでした。
しかし時々、もしかしたら自分は死ぬのかもしれないと、瞬間的に思うときもありました。そしたらいかにもあっけないことだな、全てが中途半端のままで、このまま終わりになるんだとしたら、何のために生きてきたのか分からなくなるなあ。しかもそれ以外の人生というのは自分にはないんだ。自分が死ぬというのは、他人にとっては大して大きな出来事ではたぶんないけれど、しかし自分が死んで、自分の人生がなくなるということは、自分にとっては、ほかの何事にも比較できない重大なことだ。
自分がたった一人生き、死ぬということは、他の人に代わってもらうわけに行かないこと、本当には他の人には分かってもらえない、たった一人で、ただ自分の中だけで向かい合わなければならないことだ。
自分の死ということ、自分自身が無くなるということは、想像もできないような、想像を絶する出来事だけど、しかもそれがいつかどこがで起こることもあり得るというような事柄ではなくて、絶対に確実に間違いなく起こる事実なんだ。それを免れることはできない。こういう自分の死ということは、それ以外の、自分が生きている世界で、自分の世界の中で、しかも自分の外側で起きるいろいろな出来事とは、全然次元の違う事柄なんだ、そんなことを考えていました。
それがわたしが、集中治療室のベッドに横たわりながら、暗闇を見つめながら考えていたことでした。そのときには、全くたった一人で、自分の死ということを通して、暗い世界をのぞき込んでいるような感じでしたが、そのときにはわたしは、わたしとともにいてくれる一人の人のことを忘れていたのです。
このように、全ての人は、生きている限り例外なく、たった一人で、他の人と分かち合うことのできない、自らの死ということに向かい合わなければならず、その際わたしたちは例外なく、自分が頼りなく、はかなく、無力なものであることを実感することになります。そのときこそ、わたしたちは、わたしたちとともに無力の十字架を、たった一人で担われて歩まれるキリストを、わたしたちの傍らにいてくれるものとして見いだすのです。そして十字架のキリストを、暗闇を行くわたしたちとともに歩まれる光として、ただ一つの希望として見いだすのです。
祈ります。神さま。あなたの御子キリストの十字架を、暗闇を行くわたしたちを照らす光として、あなたの失われることのないわたしたちへの愛として仰ぎ見させてください。主キリストによって祈ります。
以下挙げたのは、今日教会で話した説教です。
説教なんか聞きたくない人も多いのは承知していますが、今まとまった文章を書くには、少し時間が掛かりそうなので、つなぎとして掲載しておきます。
この数ヶ月間わたしの身に何があったのかも、説教の中で触れていますので。
「全てを十字架の光の下に」
--ルカによる福音書18:31-43
三森 至樹
パウロは、「コリントの信徒への手紙」の中で書いています。わたしは、コリントの人たちにキリストの福音を宣べ伝えるために、優れた言葉や知恵を用いることがなかった。ただわたしは、あなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていた、と。
つまり、キリストについて語り、宣べ伝えるために必要最小限のことは、キリストの十字架であり、逆に十字架について語らないとすれば、その人は、キリストについて何も語らなかったということになる、ということです。
わたしもまた、十字架をわたしたちにとっての神の福音を伝えるものとして語ってみたいと思います。わたしもまたパウロと同様に、キリストの十字架のみをテーマとして、もっぱらそのことだけに集中し、それ以外の何も語るまいという気持ちを持っています。今は特に四旬節という季節で、キリストの十字架に思いを凝らすべき時期だから、なおさら十字架という話題に思いを集中したいと思います。
さて、今日の福音書の話は、二つのことが書かれています。一つは、イエスが弟子たちに対して三度目に、自らの運命について予告するという話です。そしてもう一つは、いよいよイエスの一行がエルサレムに上っていこうとしているとき、その途中のエリコという町で、物乞いをしていた盲人の目を癒したという話です。
ペトロが、イエスをキリストであると告白してから、イエスは、自らの十字架について弟子たちに語り始められました。つまりイエスは、キリストであるご自身が、十字架に掛けられて殺されることになっているということを話し始めたのです。救い主キリストの救いは、実は十字架ということよって成し遂げられるということです。
しかし、弟子たちにとって、その当時は、キリストの十字架ということは全く理解できない事柄でした。
イエスをキリストとして告白した弟子たちにとって、イエスを理想的な王として、ダビデのようなこの世の王として上にいただき、すばらしい政治を実現する、そのために自分たちもそれなりに役割を担うことになる、そんな希望に燃えていたはずです。
そんな彼らにとって、自分たちの運動が、中心人物の十字架と、挫折という結果に終わるというようなことは受け入れられないことだっただろうし、しかもそのようなみじめな結果に終わるという予想が、その当の運動の中心人物から告げられるということは、全く理解できなかったとしても、当然でしょう。果たして弟子たちは、イエスの言葉が理解できなかった。イエスの十字架の予告に接しても、「十二人はこれらのことが何も分からなかった。彼らにはこの言葉の意味が隠されていて、イエスの言われたことが理解できなかった」と書いてあります。
しかしわたしたちは、このときの弟子たちを笑うことができるでしょうか。今のわたしたちは、救い主キリストがわたしたちの罪のために十字架に掛かったこと、それによって、無条件に神の救いに与ることができたということを知っています。しかし、イエスがエルサレムに上っていくこの時点で、人類の救いを成し遂げるために、キリストは十字架に掛けられ、悲惨な最期を遂げなければならないということを、まだ誰も知らないのです。知っているのはイエス一人だけであって、イエスは弟子たちにご自分の運命とその意味とを伝えようとされるのですが、弟子たちは信じられないし、理解することもできません。
それも当然で、イエスは、ご自分の十字架とその意味とは聖書に書かれていることだと言われるのですが、それは預言者の書にごくわずかに書いてあるだけで、救い主メシアのイメージはどうしても圧倒的に、天から降ってきて最後の審判を行い、悪い者を完全に徹底的に一掃して、この世に神の王国を建てるというような、栄光の王のイメージでした。それはその当時の人々にとってもそうであり、預言者の洗礼者ヨハネにとっても、メシアはやはり最後の審判をもたらす圧倒的な力を持った存在として、待ち望まれていました。そんな中で、イエスの言うような、十字架に掛かってみじめな最後を遂げるキリストというのは、弟子たちにとって理解しがたい、信じがたいものだったでしょう。
こういうわけで、弟子たちにはその当時、イエスの言葉の意味が隠されていて、理解できなかったのです。というよりむしろ、彼らは理解することを恐れていたと言うべきでしょう。なぜかというと、イエスの言葉の意味を理解し、やがて起こるだろう十字架の出来事の意味を理解するならば、そのときには彼らの生き方、考え方が百八十度変えられてしまうことになるからです。その予感があったために、彼らは、イエスに対して怖くて尋ねられなかった、のです。
このようにしてイエスは、多くの弟子たちに囲まれながら、孤独でした。理解されることなく、全く孤独のうちに、自らの十字架と向き合わなければなりませんでした。
やがてイエス一行は、エルサレムへの旅の途中、エリコの町に近づきます。エリコの町はヨルダン川の西岸に近く、海抜の低い、低地の町です。そこからエルサレムまではなだらかな上り坂となっていて、距離は三十キロほどあるのですが、いわばエルサレムへの入り口のような位置にあります。このエリコにイエスの一行が近づき、やがてそこを大急ぎで通り過ぎ、エルサレムへ上って行きました。そのとき、道ばたに座って物乞いをしていた一人の盲人が、通り過ぎようとしているのがイエスの一行だと聞かされて、大声で叫び始めます。「ダビデの子イエスよ、憐れんでください」と。
しかしイエスを取り巻く人々は、ひたすらエルサレムへと急いでいました。彼らはイエスを担いで、念願の革命が成就するときが近いと、血気にはやっていました。彼らの間には、欲望と不安、希望と疑いなどが混じり合っていて、一種の狂乱状態が起こっていたでしょう。そういう彼らにとっては、一人のちっぽけな、みすぼらしい盲人の叫びなど、耳に入らなかったでしょう。
しかしイエスは、大勢の人がごった返す中で、この小さな一人の盲人の訴えを聞き分けられました。そして彼に声を掛けられます。「何をしてほしいのか」と。
エリコの町の外で、一人座って、人から施しをもらいながら食いつないでいた一人の盲人。彼には友達も話し相手もなく、全く誰からも注目されることもなく、一人暗闇の世界で孤独と向き合っていた。その長く続いてきた孤独の暗闇の中に、一つの光が差してきた。イエスが彼に近づいてきたのです。イエスが彼にとっての光だったというのは、イエスが、彼の、誰とも共有できない孤独を、ともに担ってくれる存在だったからです。イエスもまた、彼を取り巻く人たちの中で孤独に耐えておられた。それは彼が、人々の孤独や、悩み苦しみをともに担い、その苦しみを自らに引き受けておられたのに、それを知り、ともに担うべき人たちは、イエスとは全く別の思惑で動いていたからです。イエスは一人十字架を担って歩まれていた。
イエスの奇跡というのは、人々の苦しみをともに担うという、神のあわれみが具体化したということで、わたしたちはそこに、人々とともに苦しみを担い、ともに歩まれる神の、あわれみ深い愛の姿を見るべきなのです。決してイエスの超能力とか、あり得ないおとぎ話と受け取るべきではないです。ということは、奇跡もまた、具体的に働く、人間に対する神の愛を指し示しているということならば、キリストの十字架と同じ意味を持っていると言えるでしょう。十字架もまた、人間に対する愛のゆえに、人間と苦しみをともにし、ともに歩まれる神を指し示すものだからです。
イエスによって目を癒してもらった、エリコ郊外の一人の盲人、名前はバルティマイとマルコには書いてありましたが、彼は目が見えるようになってイエスの後に従い、エルサレムの十字架の出来事を目にすることになります。彼が目が見えるようになったのは、ただ単に目が見えるようになって、普通の人間の生活が送れるようになったというだけではありません。彼の目が癒されたのは、実に彼の目が、イエスの十字架を見るためだったと言えるでしょう。わたしたちもキリストの十字架に目を注ぎ、そのわたしたちに対する意味について、よく考えてみましょう。
それにしてもなぜ十字架なんでしょうか。なぜキリストは、あるいは神は、十字架を担わなければならないのでしょうか。それは、わたしたちが生きるということと関係しているはずです。わたしたちが生きるというそのことが、十字架を担って生きるということにほかならない。われわれは例外なく、一人一人が十字架を担って生きています。その、十字架を担って、苦しみながら生きているわれわれに、寄り添い、共に生きていく神の愛の姿が、キリストの十字架ということなのです。
わたし自身の最近の経験について少し話したいと思います。
わたしは昨年の九月の末に、脳梗塞で通勤中にぶっ倒れて、担ぎ込まれた病院に即入院ということになりました。自宅のアパートにも戻れず、着の身着のまま集中治療室のベッドに寝かされて、そのまましばらく絶対安静という状態となりました。そのときのわたしの心境について、今思い出してみると。
集中治療室にいて、絶対安静という状態なので、客観的に見れば、命が危ないという状態だったはずですが、不思議にも自分死ぬかもしれないという不安感はあまりなかったです。自分は大丈夫なのに、なぜこんな重病の人たちと一緒の部屋に寝かされているんだろうという感じでした。
しかし時々、もしかしたら自分は死ぬのかもしれないと、瞬間的に思うときもありました。そしたらいかにもあっけないことだな、全てが中途半端のままで、このまま終わりになるんだとしたら、何のために生きてきたのか分からなくなるなあ。しかもそれ以外の人生というのは自分にはないんだ。自分が死ぬというのは、他人にとっては大して大きな出来事ではたぶんないけれど、しかし自分が死んで、自分の人生がなくなるということは、自分にとっては、ほかの何事にも比較できない重大なことだ。
自分がたった一人生き、死ぬということは、他の人に代わってもらうわけに行かないこと、本当には他の人には分かってもらえない、たった一人で、ただ自分の中だけで向かい合わなければならないことだ。
自分の死ということ、自分自身が無くなるということは、想像もできないような、想像を絶する出来事だけど、しかもそれがいつかどこがで起こることもあり得るというような事柄ではなくて、絶対に確実に間違いなく起こる事実なんだ。それを免れることはできない。こういう自分の死ということは、それ以外の、自分が生きている世界で、自分の世界の中で、しかも自分の外側で起きるいろいろな出来事とは、全然次元の違う事柄なんだ、そんなことを考えていました。
それがわたしが、集中治療室のベッドに横たわりながら、暗闇を見つめながら考えていたことでした。そのときには、全くたった一人で、自分の死ということを通して、暗い世界をのぞき込んでいるような感じでしたが、そのときにはわたしは、わたしとともにいてくれる一人の人のことを忘れていたのです。
このように、全ての人は、生きている限り例外なく、たった一人で、他の人と分かち合うことのできない、自らの死ということに向かい合わなければならず、その際わたしたちは例外なく、自分が頼りなく、はかなく、無力なものであることを実感することになります。そのときこそ、わたしたちは、わたしたちとともに無力の十字架を、たった一人で担われて歩まれるキリストを、わたしたちの傍らにいてくれるものとして見いだすのです。そして十字架のキリストを、暗闇を行くわたしたちとともに歩まれる光として、ただ一つの希望として見いだすのです。
祈ります。神さま。あなたの御子キリストの十字架を、暗闇を行くわたしたちを照らす光として、あなたの失われることのないわたしたちへの愛として仰ぎ見させてください。主キリストによって祈ります。