次にフェルマーの最終定理。フェルマーは、17世紀前半に活動したフランスの数学者だ。彼自身はプロの数学者ではなく、弁護士として生計を立てるかたわら、数学を趣味として楽しむという人物だった。しかし彼の数学の能力は、プロはだしで、パスカルやデカルトなど、その当時の一流の数学者、哲学者とも交際があったそうだ。確率論、解析幾何、微積分学の創始者の一人でもある。しかし彼は何と言っても、フェルマーの最終定理を書き残した人物として、後世に知られている。
この最終定理が世に知られるようになって、多くの数学者の頭を悩ませることになったのには、次のようないきさつがあったようだ。 彼は自分が読んでいた数学の本の余白に、本と関連した数学上の問題を書き込むという習慣があったが、その問題の証明を書き残さないということが多かったそうだ。そういう問題が何でも48個あって、いずれも後世の数学者たちを悩ます難問だったが、それでも47個はともかく解決されたそうだ。そして最後に残ったのが、いわゆるフェルマーの最終定理だ。
フェルマーの最終定理というのがまた、多くのプロ、アマ問わず、数学に関心を持つ人たちの興味をそそるような、ごく簡単な形をしている。X、Y、Zを自然数とするとき、Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗となる自然数nは、3以上では存在しない、というものだ。定理の形としてはとても簡単なものだが、その証明は、フェルマー以来360年間、いろいろな人が挑戦したができないままだった。
ちなみにこのフェルマーという人物、数学者としては優れていたが、性格的には意地の悪いところがあり、自分の考え出した証明済みの問題を、証明なしでプロの数学者に送りつけては、「君に証明できるかな」と挑戦するというようなことをやっていたらしい。もっともそれも、数学をゲームとして楽しむという、その当時の数学の世界では当たり前のことだったのかもしれないが。そういうわけで、フェルマーの最終定理は、フェルマーが後世の人に送りつけた最高のゲームの一つだったとも言える。
フェルマーの最終定理に魅せられて、その証明に夢中になったのは、何もプロの数学者ばかりではない。見た目とっつきやすいだけに、そのとりこになったアマチュアの数学好きの人たちも多かった。ずっと以前に聞いたことなので、うろ覚えだが、日本にもこのフェルマーの最終定理の証明に挑んだアマチュアの数学愛好家がいて、数十年それに取り組んで、膨大なノートを残したのだが、プロの数学者がその証明の内容を検討してみたところ、全然証明になっていない、という可哀そうな結果になったそうだ。彼はフェルマーの定理のために一生を棒に振ったというべきか、それとも彼の人生は、最高の道楽に殉じた幸福な一生だったというべきか。
結局このフェルマーの定理の証明は、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズによって、1995年に成し遂げられた。もちろん彼単独で全部成し遂げたのではなく、それ以前のいろいろな準備的な業績を踏まえ、彼の同僚の助けも借りてのことだったのだが。これで360年にわたる人類の宿題の一つが解決されたことになる。
フェルマー自身は、それではこの自分の定理の証明をしていたのかというと、自分では本の余白に「この定理の驚くべき証明を思いついたが、書くスペースが少なすぎて書き留めることができない」と書いてはいるが、おそらくできていなかったろう。そういうのが大勢の意見らしい。出来上がった証明の膨大さから見て、おそらくそうだっただろう。
ところが数学の悪魔は、成功を目指してそれが果たせなかった多くの者にばかりでなく、唯一の輝かしい成功者にも、悲劇をもたらすもののようだ。数学者でエッセイストの藤原正彦さんが週刊誌に書いていたことだが、アンドリュー・ワイルズは、フェルマーの最終定理の証明に成功するという輝かしい業績を上げたあと、次々に輝かしい業績を上げ続けているかと思いきや、どうもそれ以来ぱっとしなくなっているらしい。アンドリュー・ワイルズ自身、十代のころから抱き続けてきた一生のテーマを成し遂げたことによって、いわば燃え尽き症候群のようなものに陥っているのではないかと、藤原氏は書いていたと思う。目的達成の後の方向喪失感、それは別に数学の世界だけの話ではないだろうけれども。
この最終定理が世に知られるようになって、多くの数学者の頭を悩ませることになったのには、次のようないきさつがあったようだ。 彼は自分が読んでいた数学の本の余白に、本と関連した数学上の問題を書き込むという習慣があったが、その問題の証明を書き残さないということが多かったそうだ。そういう問題が何でも48個あって、いずれも後世の数学者たちを悩ます難問だったが、それでも47個はともかく解決されたそうだ。そして最後に残ったのが、いわゆるフェルマーの最終定理だ。
フェルマーの最終定理というのがまた、多くのプロ、アマ問わず、数学に関心を持つ人たちの興味をそそるような、ごく簡単な形をしている。X、Y、Zを自然数とするとき、Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗となる自然数nは、3以上では存在しない、というものだ。定理の形としてはとても簡単なものだが、その証明は、フェルマー以来360年間、いろいろな人が挑戦したができないままだった。
ちなみにこのフェルマーという人物、数学者としては優れていたが、性格的には意地の悪いところがあり、自分の考え出した証明済みの問題を、証明なしでプロの数学者に送りつけては、「君に証明できるかな」と挑戦するというようなことをやっていたらしい。もっともそれも、数学をゲームとして楽しむという、その当時の数学の世界では当たり前のことだったのかもしれないが。そういうわけで、フェルマーの最終定理は、フェルマーが後世の人に送りつけた最高のゲームの一つだったとも言える。
フェルマーの最終定理に魅せられて、その証明に夢中になったのは、何もプロの数学者ばかりではない。見た目とっつきやすいだけに、そのとりこになったアマチュアの数学好きの人たちも多かった。ずっと以前に聞いたことなので、うろ覚えだが、日本にもこのフェルマーの最終定理の証明に挑んだアマチュアの数学愛好家がいて、数十年それに取り組んで、膨大なノートを残したのだが、プロの数学者がその証明の内容を検討してみたところ、全然証明になっていない、という可哀そうな結果になったそうだ。彼はフェルマーの定理のために一生を棒に振ったというべきか、それとも彼の人生は、最高の道楽に殉じた幸福な一生だったというべきか。
結局このフェルマーの定理の証明は、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズによって、1995年に成し遂げられた。もちろん彼単独で全部成し遂げたのではなく、それ以前のいろいろな準備的な業績を踏まえ、彼の同僚の助けも借りてのことだったのだが。これで360年にわたる人類の宿題の一つが解決されたことになる。
フェルマー自身は、それではこの自分の定理の証明をしていたのかというと、自分では本の余白に「この定理の驚くべき証明を思いついたが、書くスペースが少なすぎて書き留めることができない」と書いてはいるが、おそらくできていなかったろう。そういうのが大勢の意見らしい。出来上がった証明の膨大さから見て、おそらくそうだっただろう。
ところが数学の悪魔は、成功を目指してそれが果たせなかった多くの者にばかりでなく、唯一の輝かしい成功者にも、悲劇をもたらすもののようだ。数学者でエッセイストの藤原正彦さんが週刊誌に書いていたことだが、アンドリュー・ワイルズは、フェルマーの最終定理の証明に成功するという輝かしい業績を上げたあと、次々に輝かしい業績を上げ続けているかと思いきや、どうもそれ以来ぱっとしなくなっているらしい。アンドリュー・ワイルズ自身、十代のころから抱き続けてきた一生のテーマを成し遂げたことによって、いわば燃え尽き症候群のようなものに陥っているのではないかと、藤原氏は書いていたと思う。目的達成の後の方向喪失感、それは別に数学の世界だけの話ではないだろうけれども。