戦争の影響

   三森至樹

 今日(3月13日)いつものようにデイサービスに出かけると、係の人が話しかけてきた。「今日車で来たんだけど、ガソリンが昨日と比べると30円も高くなっていて、びっくりしたよ」と。
 確かに、ニュースによるとガソリンが急に値上げされていて、ところによっては1リッター220円のところもあるという話だった。一日でリッター当たり40から50円も高くなっている。
 これは、アメリカとイランが戦争を始めていて、石油を運ぶタンカーがホルムズ海峡を通れなくなっているせいらしい。石油が不足すれば、需要と供給の関係で、当然石油の値段は上がる。
 今までは中東という遠いところで起こっている戦争で、我々日本人にはあまり関係のないことだと思っていたのに、石油の値段が急騰するという形で、急に身近な話になってきた。世界で起こることは、どんなものであれ、多かれ少なかれ互いに密接に結びついていて、ときには遠い出来事が急に身近な問題となる。今度の戦争もその良い例だ。

 遠くの戦争が我々の身近な生活に影響するということには、わたしにも思い当たることがある。それは私の父と叔父のことだ。
 私の父と叔父は、太平洋戦争の時には軍隊に入らされて、遠い戦地に出征した。もう八十年以上昔のことだ。父は南方の戦地で、爆撃機の乗組員として働いていた。その戦地の仲間たちと取った集合写真を、私は見せてもらったことがある。
 父は戦地から無事帰ってきて、私の母と結婚して新しい生活を始めた。しかし、軍隊から帰ってきてしばらくの間、父はひどく気性が荒れていて、家族ではしばしば暴力をふるったし、お店の人たちや役所の人たちと、ちょっとしたことですぐ口論となったりしていた。その荒れた生活はやがて収まり、彼も以前ほどには荒れることは少なくなった。それがもともとの彼の性格だったのだともいえるが、今から考えると、彼は戦争から多かれ少なかれPSTD(心的外傷後ストレス症)を受けて、その兆候を抱えていたのだろうと思う。
 私の叔父は、戦前には中学の教師をしていたのだが、軍隊から帰ってきてからは精神に異常をきたして、元の仕事にもどることができずにいた。そして、結局自殺してしまった。これも、戦争が彼の気弱な性格に大きな傷を与えたせいだとも言えると思う。

 さて、イラン戦争のことだが。これはまだ現在進行中の出来事で、その結末はまだ見えていない。
 しかし、これは明らかにアメリカが引き起こした無法行為だ。いろいろ問題があるとはいえ、イランは一つの独立国家だ。それを一方的に攻撃するというのは、今の世界では国際法的には許されないことだ。それが許されるのなら、ロシアだってウクライナを一方的に攻撃し、侵略したのは正しかったということになってしまう。つまり今のアメリカは、ウクライナを侵略しているロシアと同じことをしているのだ。
 なぜトランプ大統領がそんなことをしたのかというと、それはイスラエルにそそのかされてのことだ。イスラエルはどうあっても宿敵イランを叩きつぶしたいと思っている。その思惑にそそのかされたのだ。それはトランプ氏が、彼以前のどの大統領にもできなかったことを成し遂げるという功名心に駆られていて、その功名心を満足するように思われるイラン問題の解決を、自分にはできると錯覚したからだ。その結果、トランプ氏は、イスラエルが望んだように、国際法を無視してもイランの現体制を抹殺しようと軍事行動に出たわけだ。そしてこの戦争は、三日で終わるはずだった。プーチン大統領がウクライナを侵略し始めた当時に考えていたのと全く同じだ。このようにして、トランプ氏は、中東問題を解決するという偉大なことを成し遂げ、歴史に残る大統領となるはずだった。
 私はトランプ氏が大統領になることになった二年前に、不吉な予感を感じて、次のような文章を書いた。どうもその予感は現実のものになりつつあるようだ。その文章を一部引用する。

 …今は2024年の12月だが、わたしは今年の8月20日から11月8日まで入院していた。アルコール性の肝障害でぶっ倒れていたのだ。
 その間にもアメリカでは次の大統領がだれになるかを巡って、激しい選挙戦が争われていた。民主党ではハリス副大統領が立ち、共和党ではトランプ氏が立候補していた。わたしには民主党の政策は今の時代には、いくつかの点では同意できないが、トランプ氏のものよりはるかにましのように思っていた。
 まず何よりもトランプ氏は地球温暖化の問題をまるで存在しないかのように、石油産業に有利なように、「掘って掘って掘りまくれ」と言っている。こんなのが実現したら、人類は破滅の道を突き進むことになる。第二に、人種や男女間の差別を無視して、アメリカから非白人の難民を追い出し、女性の中絶の権利を認めず、白人男性中心のアメリカを取り戻そうとしている。「(白人男性の)アメリカを再び偉大に」というのがトランプの決まり文句だった。第三に、世界経済のグローバル化に逆らい、アメリカ第一主義、孤立主義を推し進め、世界がどうなろうと知ったこっちゃない主義のために、世界を混乱と独裁国家の跋扈する世界に陥れるだろうということ。
 何よりトランプは言動が下品で、信頼できる人物とは思えないということだった。彼は政治家というより、プロレスの興行師のようで、その興行の世界ではああいう言動も喝采を受けるかもしれない。しかし、それを現実政治に持ち込むというのは、非現実の世界へと現実政治を巻き込ことになる。そして、人々が面白がっているうちに、世界は悲惨な結末にまで持っていかれるかもしない。あたかも80年前にヒトラーのナチズムがやっていたことが、現代の世界に再来するかのようだ。
 最もひどい独裁者は、最初の内は道化師のようにふるまって人々の関心をひき、やがてその悪魔的な本性の手の内に人々を引き込む。ヒトラーも最初の内は、道化師のように人々に馬鹿にされていたのではないか。トランプもまだある種無害で、無教養なコメディアンのようにふるまっている。しかしそんな彼は、人々の熱狂を煽り立てるすべを知っている。つまり、彼は典型的なポピュリストであって、教養に満ちたまじめな政治家であるオバマの対極にある。人々はトランプによって熱狂の内にどこに連れていかれるか、誰も分からない。彼は子供たちを誘拐する誘拐者、パイドパイパーなのだ。
 つまりトランプだけはアメリカ大統領にしてはいけない、わたしはそんなふうに思っていた。トランプがまた大統領になる?そんな冗談のようなことがしかし現実のものとなってしまった。アメリカの人々は、冷めた現実主義を憎んで、非現実の熱狂の中に飛び込んでしまった。このニュースに接して、わたしはこの世界が非現実的な、悪夢の世界のようになり始めていると感じた。