(追記)
かつて『音楽芸術』は、発行時の現代音楽の最新の知見を広く人々に伝える役割を担っていました。中学生時の西村朗少年もまた、この雑誌で現代音楽の知識を得ていたとの言説が残されています。きっと付録楽譜も、彼の成育に大きく寄与していたことでしょう…(この話は西村先生だけではなく、他の多くのレジェンドに当てはまるのかもしれません)。
当時の現代音楽シーン、空気感を追体験し、現在に定義しなおす貴重な機会として、ぜひお誘い申し上げます。
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2026年8月18日、ミューザ川崎(市民交流室)にて開催される、音楽文化推進協会さま主催『「音楽芸術」付録楽譜によるコンサート 第1回 ピアノ・ポートフォリオ』に際し、西村朗《三つの旋律系》(トリトローぺ)に関するテキスト(主に作曲家プロフィール)を寄稿いたしました。以下、その全文となります。
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【西村朗のプロフィールおよび、《三つの旋律系》と彼のピアノ作品に関する補遺(注1)】
西村朗は、1953年9月8日生まれの大阪府出身の作曲家である。東京藝術大学大学院修了。尾高賞(最多5回)、紫綬褒章(2013)など、輝かしい受賞歴がある。東京音楽大学教授等を歴任。さらなる活躍が見込まれていた最中であったが、2023年9月7日、69歳の若さで急逝した。
彼は、その生涯にわたって非常に多くの作品を遺し、その数は、318にも達する(全音楽譜出版社『西村朗 作品目録2024』による)。内、ピアノ独奏曲は、数分で演奏が完結する小品から、80分を要する大作まで、全28曲あり、この楽器のために少なくない数の楽曲が創作されたことがわかる(連弾作品や協奏曲を含めると、その数はさらに増加する)。これらの作品が、初期のもの(例えば、本演目)から晩年のもの(例えば、2023年頭に創作された最後のピアノ独奏曲《極楽鳥たちへの3つのエチュード》、あるいは、遺作《ピアノとオーケストラのための〈神秘的合一〉》)に至るまで、殊更に大きなブランクなく、継続して書かれていていることからもわかるように、西村作品とこの楽器のつながりは非常に深いものがある。ピアノは間違いなく、彼の作家人生において、とりわけ重要な意味をもつ楽器のひとつであった。
本日、演奏される《三つの旋律系》(のちに、邦題が英題に統一され《トリトローぺ》と表記されることになる)は、1978年(注2)に創作されたピアノ独奏のための小品である。前年1977年に創作された《ピアノ協奏曲》(1979年に改訂、〈紅蓮〉という副題が付された)とあわせ、のちに続く、西村のピアノ楽曲のオリジンともいえる記念碑的作品といえるだろう。彼のピアノ作品の全てではないにせよ、多くの作品に一貫してみられる「トレモロ」奏法(ここでは、単音の連打)への偏愛が、すでに開花しているからだ。否、ここでの実験で確かな手応えを得た、という言い方が正しいだろうか。なかんずく《三つの旋律系》は、「全面的にトレモロを採用している」と、自身のちに述べているように、この奏法への徹底的な探求の痕跡が見てとれる(注3)。
本演目は、さながら、トレモロによる「歌」が、さまざまな「シチュエイション」を引き起こしながらも、最終的に再び歌に回帰する「円環の物語」である。これは、のちに自らの音楽について述べた「自分の作曲語法を成す《音》は、一つの命にして多様であり、多彩にして一つの声である。そして、そういう《音》をいかに産むか、が自らの技法である」という発言とも一致する。
トレモロによって、ピアノの弦が猛烈に打ち鳴らされることで、音はうねり、ダイナミックに震え、彼の言うところの「生きた音」となる。そして、ヴィヴィットで芳醇な音響が想起される。我々は、逃れるすべもなく、かような振動を全身で受け止めることになる。そして、それを甘受することになるであろうあろう。
すぎもと むね 音楽学
(注1) 『音楽芸術』1979年5月号「創作ノート」(当日のプログラムに抜粋で掲載されている)に対する現在の視座を取り入れた補遺であることにご留意いただきたい。
(注2)『音楽芸術』1979年5月号「創作ノート」に、「私のただ一つのピアノ曲である」と記されているが、実際には、東京藝術大学入学前の1972年に創作された《ピアノ・ソナタ》がある。しかしながら、こちらは習作としての側面が強いと判断されたためか、ここではカウントされていないようだ。
(注3)なぜ西村はトレモロ奏法を重要視していたのであろうか。実は、彼が生涯に渡って継続して用いた創作語法「ヘテロフォニー」と関係がある。ヘテロフォニー自体は一般的な音楽用語であるが、西村は、そのエッセンスを抽出し、拡大解釈した上で、自らの創作語法とした。ここではその詳細な説明は差し控える。なお、1978年においては、このヘテロフォニーというコンセプトは、まだ彼の中で完全に確立していなかった。しかしながら、その萌芽は至る所に確認される。それは、本演目も例外ではない。


