大分高校 首藤桃奈ちゃん
甲子園の夏
大分高校の女子マネがニュースに
練習参加の賛否はともかく
マネージャーにしてはなかなか、かわいい。


首藤って苗字、大分に多い。
親戚にもいるし、小学校の友達にもいた。
○藤が多いのかな。
乃木坂46の衛藤美彩ちゃんも大分出身で、
お兄さんが野球をやっていたそうで、
高校野球が好きらしい。
大分代表は、最近、戦績がよくない。
昨年も明豊高校が、1回戦で準優勝校 仙台育英に完敗。
ツーベースの最多新記録を作られた。
大分高校も2年前、初出場で1回戦敗退。
大分中学の答辞で「私が甲子園に連れて行きます!」と宣言した、桃奈ちゃん
3年生になって、甲子園で悲願の1勝したいところ。。。
思えば、昭和47年の夏、大分の家の近くで遊んでいた自分に
母親が「津久見が優勝したよ!」と伝えてくれた。
でも、当時は野球を始める前のことだったので、
何のことかさっぱりわからなかった。。。
野球が好きだった、母親の旧姓は、後藤なんだよね。
今年は初めて甲子園に高校野球を見にいこうかな~。
大分高校の女子マネがニュースに

練習参加の賛否はともかく
マネージャーにしてはなかなか、かわいい。


首藤って苗字、大分に多い。
親戚にもいるし、小学校の友達にもいた。
○藤が多いのかな。
乃木坂46の衛藤美彩ちゃんも大分出身で、
お兄さんが野球をやっていたそうで、
高校野球が好きらしい。
大分代表は、最近、戦績がよくない。
昨年も明豊高校が、1回戦で準優勝校 仙台育英に完敗。
ツーベースの最多新記録を作られた。
大分高校も2年前、初出場で1回戦敗退。
大分中学の答辞で「私が甲子園に連れて行きます!」と宣言した、桃奈ちゃん
3年生になって、甲子園で悲願の1勝したいところ。。。
思えば、昭和47年の夏、大分の家の近くで遊んでいた自分に
母親が「津久見が優勝したよ!」と伝えてくれた。
でも、当時は野球を始める前のことだったので、
何のことかさっぱりわからなかった。。。
野球が好きだった、母親の旧姓は、後藤なんだよね。
今年は初めて甲子園に高校野球を見にいこうかな~。
回顧録~松浦亜弥との、お触り会①
「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」
織田信長といえば、この節を特に好んで演じたとされているが、
自分も「気がつけば(あなた)」、信長や武田信玄よりも長生きできている
という幸運に、ときに「ありがたい」気持ちになる。
しかしながら、体力と知力の衰えには抗しがたいものがあり、
つい昨日のことさえも思い出せないことの淋しさと失望感に
苛まされることのほうが多い気もする。。。
なので、このブログを始める前の、亜弥ちゃん関連の記憶を、回顧録として
忘れてしまう前に、記しておこうかな~。
所謂「お触り会」というヲタ用語は、握手会とか、タッチ会のことをいうらしいが、
この表現を初めて目にしたときは、笑った。そのエッチ~な表現にw
しかし、これが、いわゆるAKB商法と揶揄され、今日のアイドルビジネスを象徴してるのかも。
自分は亜弥ちゃんの初期のイベントやライブに参加したわけではなく
デビューから怒涛の勢いでアイドルのてっぺんを取った亜弥ちゃんが、
あたかも天孫降臨のように降りてきがした頃に
初めて亜弥ちゃんの手に触れることができた。
2005年11月13日 原宿ビックトップ
アレグリア2の入場の際に、亜弥ちゃんとのタッチ会が行われた。
晴れた午後の日差しの中で、原宿ビックトップというテントをデカクしたような建物が
代々木公園の近くにあり、タッチ会を待つ行列の最後尾は、その駐車場まで
伸びていた。
たしか、「午後の紅茶」のレモンティーを買って、最後尾に並んだ気がする。
建物の中に入るまでは数十分ほどだったかと思うが
いざ、亜弥ちゃんの姿が視界に入ると心臓バクバク。
たしか、白い衣装で、おへそが出てたような、出てないような~。
亜弥ちゃんの手にタッチした感触は、しっとりしていた。
11月の乾いた空気にも関わらすである。
それが、当時19歳だった亜弥ちゃんの若さなのか
その、しっとりした感触は今でも忘れられない。
初めて間近で見る亜弥ちゃんは、可愛いというより、目鼻だちがはっきりしていて綺麗だった。
ただ、表情全体の印象が少し病み上がりのような感じがした。
あとで、わかったことだが、体調が良くなかったらしい。
(その3日後の11月16日、サッカー「KIRINチャレンジカップ」日本対アンゴラ戦の
国家独唱の声が本調子ではなかったという、ある亜弥ちゃんファンのブログで知った。)
タッチした瞬間に、亜弥ちゃんに向かって「My Diva」と言ったのだが、
亜弥ちゃんは、きょとんとしていた。
外国人と思われたのか、そもそも言葉そのものが通じなかったかw
その日、亜弥ちゃんは『気がつけばあなた』の他に、もう1曲歌ったような
気がするが覚えていない。
写真は来場者全員?に無料で配布された、折りたたみ式のオペラグラスの背面。

織田信長といえば、この節を特に好んで演じたとされているが、
自分も「気がつけば(あなた)」、信長や武田信玄よりも長生きできている
という幸運に、ときに「ありがたい」気持ちになる。
しかしながら、体力と知力の衰えには抗しがたいものがあり、
つい昨日のことさえも思い出せないことの淋しさと失望感に
苛まされることのほうが多い気もする。。。
なので、このブログを始める前の、亜弥ちゃん関連の記憶を、回顧録として
忘れてしまう前に、記しておこうかな~。
所謂「お触り会」というヲタ用語は、握手会とか、タッチ会のことをいうらしいが、
この表現を初めて目にしたときは、笑った。そのエッチ~な表現にw
しかし、これが、いわゆるAKB商法と揶揄され、今日のアイドルビジネスを象徴してるのかも。
自分は亜弥ちゃんの初期のイベントやライブに参加したわけではなく
デビューから怒涛の勢いでアイドルのてっぺんを取った亜弥ちゃんが、
あたかも天孫降臨のように降りてきがした頃に
初めて亜弥ちゃんの手に触れることができた。
2005年11月13日 原宿ビックトップ
アレグリア2の入場の際に、亜弥ちゃんとのタッチ会が行われた。
晴れた午後の日差しの中で、原宿ビックトップというテントをデカクしたような建物が
代々木公園の近くにあり、タッチ会を待つ行列の最後尾は、その駐車場まで
伸びていた。
たしか、「午後の紅茶」のレモンティーを買って、最後尾に並んだ気がする。
建物の中に入るまでは数十分ほどだったかと思うが
いざ、亜弥ちゃんの姿が視界に入ると心臓バクバク。
たしか、白い衣装で、おへそが出てたような、出てないような~。
亜弥ちゃんの手にタッチした感触は、しっとりしていた。
11月の乾いた空気にも関わらすである。
それが、当時19歳だった亜弥ちゃんの若さなのか
その、しっとりした感触は今でも忘れられない。
初めて間近で見る亜弥ちゃんは、可愛いというより、目鼻だちがはっきりしていて綺麗だった。
ただ、表情全体の印象が少し病み上がりのような感じがした。
あとで、わかったことだが、体調が良くなかったらしい。
(その3日後の11月16日、サッカー「KIRINチャレンジカップ」日本対アンゴラ戦の
国家独唱の声が本調子ではなかったという、ある亜弥ちゃんファンのブログで知った。)
タッチした瞬間に、亜弥ちゃんに向かって「My Diva」と言ったのだが、
亜弥ちゃんは、きょとんとしていた。
外国人と思われたのか、そもそも言葉そのものが通じなかったかw
その日、亜弥ちゃんは『気がつけばあなた』の他に、もう1曲歌ったような
気がするが覚えていない。
写真は来場者全員?に無料で配布された、折りたたみ式のオペラグラスの背面。

亜弥ちゃん 30歳のお誕生日
「おめでとう」、と言っていいのかな
(笑)
昔、亜弥ちゃんが、
「女は30から。」
と、どこかで発言していたので、
その三十路の颯爽としたお姿を一目拝みたいところだが、
亜弥女神は、あたかも天照大御神の岩戸隠れの伝説のごとく
垣間見れない。。。
亜弥ちゃんのように、日本のカリスマ性のある女性は、
太陽のように思えるときがある。
天照大御神を鎮座している神社といえば、伊勢神宮が筆頭だし、
福岡の宗像大社や、広島の厳島神社のように
天照大御神の娘 3姉妹を祀っている例もある。。。
そういえば、『A』という番組で
久米宏さんが、亜弥ちゃんを「菩薩のようだ」と評していたのを聴いて、
言い得て妙だ、と思った。
実は、亜弥ちゃんの、細くてシュッとした眉毛を見ると
京都 広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像を思い出す。
亜弥ちゃんは、菩薩なのか、女神なのか。。。
そのカリスマ性とオーラは、はかりしれない。

(笑)昔、亜弥ちゃんが、
「女は30から。」
と、どこかで発言していたので、
その三十路の颯爽としたお姿を一目拝みたいところだが、
亜弥女神は、あたかも天照大御神の岩戸隠れの伝説のごとく
垣間見れない。。。
亜弥ちゃんのように、日本のカリスマ性のある女性は、
太陽のように思えるときがある。
天照大御神を鎮座している神社といえば、伊勢神宮が筆頭だし、
福岡の宗像大社や、広島の厳島神社のように
天照大御神の娘 3姉妹を祀っている例もある。。。
そういえば、『A』という番組で
久米宏さんが、亜弥ちゃんを「菩薩のようだ」と評していたのを聴いて、
言い得て妙だ、と思った。
実は、亜弥ちゃんの、細くてシュッとした眉毛を見ると
京都 広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像を思い出す。
亜弥ちゃんは、菩薩なのか、女神なのか。。。
そのカリスマ性とオーラは、はかりしれない。
