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そぞろなり

なんということはないことを、なんとはなしに書いていく。
日常エッセイです。
これって私だけかな?そう思うことってないですか?誰かのふだんをちょっと覗いてみたいときって、ありますよね?


たぶんこれは習性。ついつい、もったいなぶっている。

「賞味期限切れちゃった」
「いつ?」
「おととい」

これまで何度、こんなやりとりをしただろう。

 

月に何度、しているだろう。

 

たとえば珍しいお茶をもらったとき。フレーバーティーの茶葉。試しに一杯飲んでみたら、ふんわりフルーティー、無糖なのにほんのり甘い。こんなの知らなかったとちょっと感動。

 

だいじに飲もうと思う。パッケージを眺めては、次にケーキを買ったときに飲もうとか、あのお菓子に合うかも、なんて考える。そういう時間は幸せだ。

 

お茶は生モノじゃないから日持ちする。そう思っていることもあって、ついついを油断する。そうしてあるとき、パッケージに書かれた日付が過去日になっていることに気付く。

 

 

このあいだ、一日限定十個の販売という珍しいショコラをいただいた。賞味期限は一ヶ月。

 

明日で期限、という日に思い出し、ギリギリセーフで食した。

 

本当はもっととっておきたい。だって食べたら終わっちゃう。もう二度とお目にかかれないかもしれない。とてもじゃないけど、食べてしまうなんて、もったいない。

 

そう思った。セーフのときには甘さがでちゃう。もったいなぶりが加速しそうだ。

 

けどね、今回はたまたまセーフだったけれど、アウトになっちゃうことのほうが多かったよね?

 

だからダメダメ。これじゃあ、いかん。

 


「新鮮なうちに召し上がれ」

 

お茶友だちのおじいさんがお菓子をくださるとき、必ずそうおっしゃる。生菓子でも乾菓子でも、果物でもおつまみ乾物でも、なにをくださるときにでも「新鮮なうちにどうぞ」と。

 

そうだよね、新鮮なうちに。

 

そしてたぶんこれは食べもの限った話じゃない。

 

新鮮でなくなったステキなものが見回せばあちこちに、中途半端に置かれている。コレクションケースに保管するでもなく、定位置に仕舞われるでもなく、スタンバイ状態のまま置かれているものが目に入る。

 

マステやふせんやシールやペンやTシャツや、発売と同時に手に入れたはずのものが、いつのまにかそこで時間だけを経てしまっている。
もったいないから特別なときに使おうって思っていた。

 

でも特別っていつだ? ハレの日よりもケの日のほうが圧倒的に多いのだし、そんなふつうな日々のほうがだいじって、思ってるのに。それなのに、もったいないから特別なとき?

 

いかんいかん、これじゃあいかん。

 


もったいながらずにどんどん食べて、どんどん遊ぼう。

 

こどものような目標だけれど、掲げてみる。ただ置き放しにするほうが、無駄に時間を経てしまうほうが、よっぽどもったいないって、そろそろ学習するのだ、自分。

 

性? 習性? どっちでもいい。変わろうと試みよう。

 

ついついもったいながってしまう、もったいながりあんの卒業を、そろそろ本気で目指そうじゃないか。

 

 

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タイトルを書いていて気づいた。
消毒はアルコールだけとは限らないのだけれど。。。

こまめに手洗い、消毒をしている。

 

どこかに入る際にシュッとして、出るときにもまたシュッと。持ち歩いているウエットティッシュで手を拭うこともあれば、小分けスプレーのアルコールをプシュプシュとすることも。手を洗える環境があればハンドソープを使って念入りに手洗いもしている。

 

その際、使用しているもののほとんどに、「手に優しい」に類するような文言が書いてあるけれど、手に優しいとは、具体的にはどういうことなんだろう?

 

手荒れしない?
手荒れしにくい?
なるべく手荒れしないような配慮をしている?

 


私の手は乾燥している。

 

ビニール袋の口を開けるのが難しいし、紙がめくれなかったりするのは日常茶飯事だ。

 

さらに調子が悪くなると、ガザガザのあまり、かえってツルツルの紙がめくれるようになったりすることもあるから、笑っちゃうのだけれど、まあそんなことはまた別の機会に書くとして、とにかく乾燥している。

 

乾燥が進むと手荒れはひどくなる。指紋認証には反応しなくなるし、ガザガザが些細なことでなにかにひっかかって血が出たりする。

 

そんな状況をさけるべく、私はハンドクリームを多用している。

 

年がら年中、もっと効くものはないか、もっと即効性のあるもの、持続性のあるものはないか、効果と香りを両立しているものはないか、悩み、探し続けながら、理想の一品に出会うまでは、と現状で一番いいクリームをこまめに塗り続けている。

それが今、ハンドクリームってどうなの?

 

と、私の中にハンドクリームに対する疑問が生じている。

 

 

手洗い、消毒の回数が増え、ハンドクリームを塗る回数も増えている。けれど、ハンドクリームの上に消毒液を散布し、消毒したあとにまたハンドクリームを塗る。手洗い、消毒の回数のほうが圧倒的に多いけれど、それでも、私の手の上ではクリームと消毒のサンドイッチができあがっている。ときにはウォータープルーフの日焼け止めが加わることもある。

 

これで私の手は清潔なのだろうか?

きちんと感染予防対策になっているのだろうか?
肌に優しく、できているのだろうか?

気になり始めたらものすごく気になって、日中、いや、外出が絡むときと言うべきか、ハンドクリームを使ってはダメなのではないかと思い始めてしまった。

 

手が乾燥しているのだけれど、ハンドクリームがつけられない。常時、手がカサカサしている。

 


カサカサの手の方が、ウイルスには悪そうよね。やっぱハンドクリームつけよう!

 

あまりのカサカサにそう思い直して、またハンドクリームをこまめにつける。

 

けれど……、以下繰り返し。

 


世の手荒れに悩む皆さんはどうしているのだろう?

 

ハンドクリームってどうなの?

 

結局、つけてもつけなくても、私は悩んでいる。

 

 

 

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おうちごはんも、おうちカフェも大好きだ。

 

もともと引き籠りがちなので、おうち時間が充実するアイテムには目がないのだけれど、今年は製氷皿に注目した。

 


お出汁や麦茶や、凍らせると便利なのは知っていたけれど、今年はコーヒーも凍らせちゃう、の威力を聞き、実践している。

お気に入りの豆を挽き、ドリップしたコーヒーを製氷皿で凍らせる。それをカップに入れ、たーっぷりと牛乳を注いだら、アイスコーヒーの出来上がりだ。

 

氷が溶けても水っぽくならず、むしろどんどん濃くなるコーヒーが美味しいのなんのって!

 


ちなみに我が家ではこのアイスコーヒー、旦那さまが準備をしてくれるのだけれど、コーヒーをドリップするとき、いつもよりもだいぶ多目の豆を使い、濃く淹れるのがコツなのだとか。

 

たしかに、氷をかじったらものすごく苦かった。これが牛乳と相まって、がっしりミルキーなアイスコーヒーになるのね!

 

イタリアンローストの真っ黒い豆があふれんばかりに入ったミルを目撃し、納得したのでした。

 

 


そうそう、そういえば。

 

ふだんのコーヒーはブラック派、甘いものが大好きでもドリンク類は甘くないものが好みなので、スタバやおしゃれなカフェに行っても頼むのはドリップコーヒーばかり。

 

「もったいなくない?」

 

あまり親しくない人にはそう言われることが多くて、そうなのか、もったいないことなのか、と、私の足はお外カフェから遠のいておりました。

 

でもさ、ときどきは外でも飲みたいって思うよね。

 

先日、久しぶりの外出ついでにコメダ珈琲へ寄りました。せっかくなんだし、なにかゴージャスにトッピングされたものを頼むべきかしら、などと悩みつつ、それでも金のアイスコーヒーを頼みました。そうしてごくごくっと飲んでみたら。。。やっぱり美味しい!

 

誰かに遠慮することなく、好きなものを好きなように。

 

そうするのが一番だなって、まあ、私が勝手に惑わされていたのですが、あらためて思い直したのでした。

 

もちろん、そんな私と一緒のときでも、ゴージャスなものが好みな人はゴージャスなものを遠慮なく飲んでくださいね。

 

みんながそれぞれ好きなように、それがいいなって思います。

 

(あたりまえですが、迷惑をかけちゃうようなことは除き、です)

 

 

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そんなこはないだろうと思いつつ、口をふさぐと耳もふさがれると思う。

 

マスクをしているとよく聞こえない。そう感じることが多いのだ。

 

「えっ、なに? なんて言ったの?」

 

そう問い返すことが多い、増えている。いつからだろうと考えて、年明け、二月くらいから、毎日マスクをするようになってからだと思い至った。

 

気のせいかな、とも思う。

 

相手もマスクをしているから、声がくぐもって聞き取りにくいことがある。だからではないか、とも思う。

 

でも気のせいじゃない気もするんだよね。(なんか文字にしているとまどろっこしいなぁ)

 

「えっ?」と言いながら、はらりとマスクの片耳ひもをはずすし聞き直して見ると、なんのことはないハッキリと聞こえるのだ。

 

 

いやいや、それも気のせいって?

 

じゃあ、これはどうだろう。この時期欠かせないもののの一つ、日焼け止め。

 

日焼け止めクリームを塗ったあと、なんとなく余計に暑さが増したような、思うように汗をかけずにいるような、そんな気はしないだろうか。

 

ファンデーションを塗った後、素顔よりもつるっと見える顔に嬉しくなりつつも、隠され、塞がれた毛穴に、どうにも息苦しいような気はしないだろうか。

 

水にも強いハンドクリームでガサついた手を潤したあと、洗い物をした手になんとも言えないなにかが残っている気はしないだろうか。

 

これらがぜんぶ私にとっては、マスクをしているとよく聞こえない、に通ずるものがあると思えるのだけれど、それもこれも気のせいだろうか。

 

ああもう、文字どころか、私の考えがまるっとぜんぶまどろっこしい!

 


とにかく、ただでさえ上手ではないコミュニケーションがマスクによってさらに妨げられていると思うのだ。

 

はやくマスクなんてしなくってもいい状況になって欲しい。

 

新しい生活様式、必要かもしれないけれど、マスクを常時の世の中になって欲しいとは思えない。

 

できることをして感染拡大を防ごう。
マスクで聞き取りにくいかもしれないけれどね、そう言い続けたいのだ。

 

 

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昨年秋から利用していた雑誌の読み放題のサブスクリプションを解約した。

 

さんざん悩んで迷って決断したのに、手続きはあっさりだ。ログインして、解約画面に行って、解約手続きボタンを二回クリック。そしたらもう解約手続きは済み、今月末までは閲覧可能と注意書きが現れて、それだけだ。

 


雑誌はひとつ、ほぼ毎月読んでいるものがあるのだけれど、それ以外はなにか読みたい特集があったら読む、という感じがもう何年も続いている。

 

読み放題のサービスが始まったとき、月額サービス料金の数百円が毎月クレジットカードに請求がかかる電子書籍として購入した雑誌代金よりも安くって驚いた。驚いて契約の申し込みをした。一冊よりも安いのだし、いつでも読めるのなら契約しておいてもいいんじゃない。そんなふうに思ったのだ。

 

けれどわりとすぐ、「あれ?」っと思った。

 

新着として毎日じゃんじゃん追加される雑誌の表紙に気になる特集タイトルをみかけ、開いた雑誌にその記事がない。おかしいな。もくじを確認し、ページの下に振られたページ番号を追っていくと、その特集のページはごっそりと抜け落ちていた。

 

「あっ」と思った。

 

雑誌の電子データを開くとき、紙の雑誌とは一部内容の異なる部分がある、そんな注釈がでてくるのは知っていた。このことか!

 

まあ、仕方ない、読み放題だし。はじめはそう思った。けれど、この本も、またこの本も。なぜか私の読みたい特集記事は省かれてしまうものが多いと気が付いた。

 

 

そこからは迷った。どうしても読みたいなら、電子でも紙でも、単体でその雑誌を買えばいい。けれどそうしたら、読み放題サービスを利用している意味ってあるの?

 

なんとなくパラパラあれこれ見ればいい。一ヶ月数百円じゃないか。そうも思った。

 

でも、いつでもなんとなくパラパラ見ていられるほどの時間を持ってはいないし、数百円でも支払いは支払いだ。時間は有限だし、常に収入がある保証はない。昨今の世情の影響もあるのか、厭世的とも悲観的とも思える気持ちが湧きあがり、モヤモヤにも嫌気がさし、今日、解約した。

 

他のサービスがどうかはわからないけれど、こういうポイントは事前に説明されたいし、説明がなくても自分で調べるべきだったなぁと思う。一瞬、イヤだなって思うのとはちがう、なにかこうジワジワと感じるちょっぴりイヤかも、みたいなダメージがあるから。

 

たかが数百円だろうって、思われるかもしれない。

 

たしかにそう、たかが数百円だ。たかが数百円に地味なダメージを与えられる。今回の解約にあたって、それが一番の不満だったのかもしれない。

 

世の中は便利になり、人生はより複雑になるのだね。

 

 

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もうエコバッグを買うのは控えよう。

 

そんなことを言って舌の根も乾かぬうちに、また新しいエコバッグを手に入れてしまった。

 

これはどうしようもなかった。

 

だってね、赤毛のアンのエコバッグよ。アンの横顔シルエットが赤く印刷された、素朴な布製エコバッグ。なんと、ひゃくえん。

 

お目当ての雑誌とともに、ついついこれもとねだってしまったよ。

 

 

そうだね、本を買うときはこういう形が使いやすいよね。大きすぎず、小さすぎずのサイズもいい。

 

増やさないつもりがちゃっかりゲットしてしまったこともあり、これはもう本を買うときには必ず持って行こうと思う。

 

思った。

 

でも次の瞬間、ああでも、と思いもした。

 

 

本を買うときって、よし本を買いに行くぞ、今日は本屋に、と出掛けることが少ない気がする。私の場合はなにかのついでに、チャンスとばかりになにかのすきま時間に本屋に足を伸ばす。だから予定して行くというよりは、急遽寄る感じだ。そんなときタイミングよく、このバッグを持っているだろうか。

 

本にぴったりと思うこの形は薄くって、本以外に使うのは難しめのように感じる。少なくともコンビニやスーパーで重宝するサイズではない。

 

でも使いたいよ、可愛いから。ううむ、困った。。。

 

 

こうして、できるだけ小さくしたいと常に考えている私のバッグの中に、また1つ常備品が増えてしまうのであった。

 

 

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映画館に映画を観に行く。

 

最近はそんなあたりまえだと思っていたことができなくなっていた。

 

いつでも行けると思っていたのに、行けないとなって、映画館のない暮らしは、ちょっと淋しいと知った。

 

映画館を特別な場所だと思ったことなど、なかったのだけれど。

 

 


先日、12月にスターウォーズを観に行って以来、実に半年ぶりに映画館へ足を運んだ。

 

座席の間隔をあけて売られているチケットや、あっちにもこっちにも設置されている消毒薬、売り場にはビニールカーテンが施され、待合スペースは一席ごとについたてが設置されていた。

 

物々しい雰囲気の映画館にもビックリしたけれど、以前だったら異様だと思うそんな光景に、「ちゃんと配慮してもらっている」と、安全を感じる自分に驚いた。

 

そんなこんなで、本来ならば3月に公開予定だった、「ドクタードリトル」を観てきた。

 


ドリトル先生。

 

小学生の頃、スッコケ三人組のシリーズとともに人気の本で、私も好んで読んだはずなのだけれど、いざどんな内容だったっけと思い出そうとすると思い出せない。ううむと考え、出てきたのは、動物の言葉が話せるお医者さんが動物の治療をするために旅をする、そういうストーリーだったと思う、程度のことだった。

 

どうしてこう、読んだ本の内容って飛んで行ってしまうんだろう。大好きで何度も読み返している本の結末がどんなだったか、主人公は生きていた、ハッピーエンドだった、くらいしか覚えていないことがあって愕然とすることすらある。

 

人は忘れていく生き物なのだ。そんなことを常に実感する。

 

ドリトル先生のこともたくさん忘れてしまっていたけれど、映画、「ドクタードリトル」はおもしろかった。冒険も、動物たちとの関係も、鼻の奥がじんとするような場面も、胸がぐわっと熱くなるような場面も、引き込まれて観た。

 

もう一度観たいくらい。もう一度、小説を読み返したいくらい。

 

 


まだまだ十分注意しなければいけない状態だけれど、映画館は安全にベストを尽くし、開館してくれている。名作の上映に加え、延期になっていた新作の公開も少しずつ始まっている。

 

できればまたすぐ出かけたい。実に半年ぶりの映画に、思うことはいっぱいだ。

 

 

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ここのところ、マスクとエコバッグに惑わされている。

 

店頭に山積みされていたり、特設コーナーがあったりすると、見ずにはいられないし、買わなければならないという気がしてしまう。

 

それだけじゃない。いいマスクないかな、使いやすいエコバッグってあるかな、そんなことを考えてネット記事を読んだり、検索したりもしている。

 

両方とももう、今のところひとまず困らないくらいには買って所持しているというのに。

 


ここのところ、ではなく、常に、おなじことを考えているアイテムもある。それが「紙」だ。とにかく紙が無いと不安。

 

外出時には常に手帳か、最低でもふせんの束を持ち歩いている。手帳やノートの類はいつでも欲しい。何年もそんな状況を続けていたのだけれど、さらに今年は、普段使いの手帳や様々な模索事項を記入する手帳をバインダーとしたので、常に予備のリフィルが無いと落ち着かない、という事態に陥ってしまった。

 

一日に何十枚も消費するようなことは無いのに。丸ごと水たまりに落として使えなくしてしまうようなことだって無い。それなのに、予備のリフィルは1束では足りず、あるのにまだ必要だと思ってしまう。

 

これでもまだ。。。

 

 

まったく困った思考グセである。

 

なんでこうなってしまうのだろう?

 

これも一種の心配性、不安を恐れる気持ちからの思考、行動なのだろうと予測はできるけれど、じゃあどうすれば、っていうのはそう簡単に思いつくものではないようです。

 

そんなこんなで、とにかく私は、紙が無いと不安になってしまうのでした。

 

 

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手書きが好きなのでiPad Pro が欲しい。
そう言ったら「?」な顔をされたのだけれど、事実私はそう思っている。


中学生の英語の授業で
「なんだ、そのスヌーピーに出てくるような字は!」
と先生に怒られた。

 

スヌーピーは例えだ。
私が中学生のころちょうど、スヌーピーのちょっと手書き風のイラストグッズに、これまた手書き風の丸文字の英文が添えらえたものが流行っていた。たぶん先生の頭にもそれがあったのだと思う。

 

私の書く文字は右へ左へと傾き、丸めのクセがある。子供のころ、それを咎めらることが多かった。
キレイな文字はステキだと思ってはいた。ただ、私はとてもあまのじゃくで、誰かに言われたからクセ字を直そうなんて思えなかった。むしろ怒られた直後はわざとゆがめて書いたくらい、ささやかな反抗心も持ち合わせていた。

 


そしてそのクセ字は大人になるにつれ、ハガキやメッセージカード、掲示用のPOPなどで喜ばれることがわかった。だから喜んで書いたし、今もたくさん書いている。

 

しかし近年、問題が発生している。

「紙ではなくデータで欲しい」
そう言われることが出てきたのだ。

明朝体とか、ゴシック体とか、きれいに印字されたものではなく、手書きのそれをデータで欲しいと。

 

私の知識でできることを考えて、紙に書いたものを写真に撮った。それでOKのときもあれば、お話にもならないと首を振られることもある。
紙じゃないなら無理。

 

あまのじゃくかつ若干の反抗心を持ち合わせた私はそう返事をするべきなのかもしれない。
でもね、やってみたいじゃない?
お絵かきソフトをつかっていたずら書きを楽しむようになっていることもあって、デジタルで書くことができるのはわかっている。ならばやってみたいって思うじゃない?

 

実際、ちょこっとはやってみた。ちょっといいお絵かきソフトも買ってみた。けど、うまくいかなかった。しっかり道具をそろえ、がっちり鍛錬を積まねば無理なようだった。

 

それがね、しっかり勉強しているわけじゃないけれど、iPad Proなら実現しやすいらしい。
だから欲しいのだ。手書きが好きなのでiPad Pro が欲しい。


手書きといえば!
(ちょっとわざとらしい)
新しいKDP、「可能性の花」の冒頭を手書きした。
飾り原稿用紙という、うっとりしちゃう原稿用紙に、お気に入りの筆ペンで書く。
宣伝も兼ねてはいるのだけれど、この「書く」がとっても楽しいんだよね。
ああ、本当に好き。手書き。

 



そうして結論。
もろもろを鑑みて購入できずにいるけれど、iPad Pro 、いつか手に入れたいと思っている。

 

 

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拾えるのであれば拾いたいと一瞬思ったけれど、拾えず。
あたりまえなのだが。

やっと購入できたアルコール消毒液を、これまたやっと購入できたアルコール対応スプレーボトルに小分け。

 

30ミリリットルサイズのスプレーボトルへの詰め替えなんて久しくやっておらず、どのくらい入るのか、様子を見ながら入れるという意識も働かず、あっと思ったときには消毒液が溢れ、驚きのあまりボトルを傾けた手を戻すタイミングが遅れ、けっこうな量をこぼしてしまった。

 

覆水(水じゃないけど)盆に返らず。

 

脱力感にしばしそのままこぼれた消毒液を見ていたのだけれど、みるみる蒸発するなんてこともなくただそこに小さな水たまり(水じゃないけど)となっていて、それでもじっと見ていたら、「これもまたいとをかし」なんてフレーズが頭に浮かび、悔しいような気持ちが薄れた。

 


特別じゃなかったものがなかなか手に入らなくなり、何軒もお店をまわってがっかりしたけれど、そういうものも段々通販ならあったりするようになってきた。もうすっかりAmazonさまさまだ。

 

新しい生活様式とよく言われる。買い物の仕方も、変わっていくのかもしれないなぁ。

 

まわりをよく見て、しっかり考えて、できるだけ楽しく生きたいものだ。

 

 

 

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